January 2010

ACCORDING TO YOU

昨日の朝、出かける前にテレビをつけたら、MTVビデオが流れていた、腰が抜けそうになった。(今は廃れてしまった)ギターソロをちりばめたような強力な音楽を、若い女性歌手が演じていたのだが、なかなかよかったので紹介したい。ギターは小さいころからお父さんから習ったらしい。マイケルジャクソンのギタリストだったんだって。知らなかった、こんなすごい人がデビューしていたなんて。 ちなみに英語はクリアなので、喉実践者なら聞き取れるはずだ。喉の音を聞いてほしい。  最近、曲づくりをしたいと思っているのだが、これはシンプルでいいテーマを扱っている。なぜ、このような気のきいた詩がつくれるのか。 才能おそるべしだ。いや、才能なのかな。やればできるのかもしれないな。どうだろうか。語彙を千個覚えるよりも、楽なのではないだろうか、、、。よい曲を聴くたびに、あー、なぜわしがあのテーマを思いつかなかったのか、、、などと思う。 Orianthi -- According to you http://www.youtube.com/watch?v=Pu1aQvm5MrU&feature=fvsr    

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色々

今日、同僚と、共通に知っているあるアメリカ人の話をしていた。私は彼を口発音時代に知っていたのだが、その同僚によると、その共通の知人が、しゃべるときに、悪い言葉をたくさん使ってしゃべるので有名だったと言った(悪い意味ではなくて、表現が面白いという意味で)。 ちょっとショックである。この共通の知人は私の前では、そういうしゃべり方をぜんぜんしていなかったからだ。彼を知っていたのは口発音時代のことだ。やはり口発音の私の前では外国人用のしゃべりかたをしていたのだろう。 喉を使うとNITROさんが言っているとおり、アメリカ人と対等の立場になれる。これは本当に本当だ。そもそも、アメリカ人は、日本人の上にたってやるぞなどと、考えて日常を暮らしていないのだから、当たり前のことだ。 本当に不思議である。口時代は、よく道でアメリカ人に道を聞かれたりしたことが印象的な出来事として残っていた。それほど、あちらから話しかけてくるようなことがなかったからだ。今では、そういうことが日常で起こっていたとしても、あまり覚えていない。 今、ちょうど私のオフィスが、一緒に直接仕事をしていない人たちの近くにあるのだが、あちらは私の名前を知っているのだが、こちらが、あちらの名前を忘れてしまっていることが多くて困っている。口発音時代は、こちらは知っているのに、あちらが知らないというパターンばかりだったのに。 アメリカでは、スーパーのレジのサービスが悪いとばかり、口発音時代は思っていた、、、しかし、今は、そういうこと自体を注意してみていない自分がいる。だからレジのサービスが悪かったかどうか、一日の終わりに覚えていないのである。 あと口発音時代は、アジア系の人を見たら、日系から、中国系かななどと気になったが、今はぜんぜん気にならない。 先日定期健診にとクリニックにいったら中国系のお医者さんだったのだが、中国系だという感覚がない。ただ、ものすごいがらがらの声の喉発音だなあと思ったくらいだ。 さて、突然だが、帰国子女の子供たちのスピーチの動画があった。喉ブレーキが完全にはずれている子ばかりだが、そうでもない子もたまにいるようだ。3ビートができていない帰国子女は存在しないように思われた。 http://www.youtube.com/watch?v=diDeKEuQiUo

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第60回紅白歌合戦を見て

アメリカでもNHKをテレビJAPANというパッケージを通じて見れるようにしてあるので、昨年の暮れの紅白を見ることができた。生ではなく録画で、こちらの大晦日で見た。 歌手の名前のリストをつくっておいて、どの歌手のCDをとりよせようかとジーナとチェックした結果、以下の歌手のCDを買うことにした。 細川たかしと天童さん あと私としては、アンジェラ アキさんのCDも買ってみようと思う。15歳の君へ?というようなタイトルの歌は、内容が私には、あまりにイデオロジカルであるので、ちょっとうなされてしまう。15歳の君、夢をみればかなうよという内容だが、今日(きょうび)、15歳どころか、25歳、35歳、45歳、55歳だって、処世術に迷う時代なので、15歳に対して、堂々と夢をみろといいにくい。15歳が歌って涙したところで、所詮、当面の受験がんばれということに収束していくだけで、現在の日常生活にも、将来の職業生活にも、まったく関連しないものを暗記せよ、、、という方向に行くだけではないか? なぜ我が国の15歳は、文章を書いて添削してもらったり、議論をして結論にたどり着いたり、歌をつくってみたり、実施に何かができるようになる教育を受けられないのだろうか?なぜ英語ができるようになったりしないのだろうか?最近、歌を作ってみたいと思っているけど、なぜ学校で、「おい、歌作っているか、こうやったらいいぞ」とかそういう指導を受けないのだろうか?と思った。 話はもとにもどるが、歌唱力抜群で、オリジナルの曲を書いているあんじぇらさんに一票、となった。あんじぇらさんはお母さんが、西洋人なので、おそらくこの曲、このテーマの詩は一歩距離をおいて書かれたのではないかな?などと想像するが、真相はわからない。 今回の紅白のもっとも大きな見所は、スーザンさんの歌った歌の歌詞の内容である。あの歌は、夢をみたけど、だめだったという悲しい歌である。 そもそも日本の歌というのは、長調だったら楽しい歌、単調だったら悲しい歌ということに決まっている(ような気がする)。この歌のように長調なのに、悲しい歌というのはありえない(昔、SUZANNE VEGAのLUCAというような曲があったが、それは長調でポップでありながら、虐待の歌であった)。 多くの人があの歌の歌詞を字幕で見ても、気づかないかもしれないが、あの歌のテーマは、紅白、そして日本文化のパラダイムでもっとも大切な、夢を見よう、がんばろう、、ということの逆なのだ。 あまりにも逆の場合、思考が停止してしまう。 61回紅白は、名前を口喉歌合戦としたらどうだろう?口組 対 喉組で。 YELLという歌を歌ったグループがあったが、エールというのはYELLから来ているなんて、想像もしなかった。非常に歌がうまい人でびっくりした。 その他、和田あきこさんや、小林さちこさんとか、すばらしいエンターテーナーの演出を満喫した。

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