なぜ構文は存在しないのか

簡単に説明できないので、詳しく書いてみます。

このようなポストをFBで見ました。ポストというか写真なのですが、英語の構文の本に

hardly … when …という構文があると言う件です。これは私の感覚では、構文でないと思うのです。説明してみます。

例文としては

He had hardly reached the station when it began to snow.

とあります。

しかし、これが構文だとすると、

He just reached the station and it started snowing

は構文ではないのでしょうか?

When he was almost reaching the station, it started snowing

はどうでしょうか?

構文というのは公式的に使われている構造のことですが、そう言う発想をしていると、英文の全てが構造を持った文、、というか構文になります。

それはそれでいいのですが、どんな時に、構文だというのでしょうか?

どうも日本語にしようとして、なりにくい時、訳しにくいものを構文だと呼ぶのではないでしょうか?

構文と呼ばれているものは、あまり使われないものが多いです。

hardly … when が構文でない理由は、必ずしもそうしなくいい、、というのも理由です。

He had hardly reached the station! It just started snowing.

でもいいのです。

He hadn’t exactly reached the station when it started snowing

でもいいのです。

色々とありえるのに、

それほど、いつも使われているわけではない、あまり使うとは言えない

hardly … when …

を取り上げて、それを構文と呼ぶのはなぜでしょうか?

それは、皆でそれを構文と呼ぶことで、教えたり、覚えたり、使ったりして楽しめるということがあるのでしょう。

構文があると想定すれば、本を書くこともできます。マネタイズもできます。

また、受験英語では、ある程度、訳しにくくないと、試験項目として機能しません。

ある程度、ややこしくないとだめなのです。

実際は、英語は単語ごとに意味が決定される言語です。

He had not reached the station

he 彼は

had not reached 到達していなかった

the station 駅に

when ~時

it started 始まった

showing 雪が

と言う具体に、単語ごとに理解すれば、理解できるでしょう。

(便宜上、上では1個以上の単語を並べた部分もありましたが、一個づつでも意味は通じます。itは漠然とそれ、startedは始まったという意味です。)

hardlyが日本人として知っていないと混乱するかもしれない、、だから、全体的に難しく感じるだけです

しかし、hardlyの意味を知っていれば、単語ごとに追っていけば理解できるはず。

構文であると宣言する必要はありません。

皆で、こういう表現を構文と呼び、楽しんでいる時に、

構文じゃないんじゃない?

と疑問をはさむと、変人と思われてしまうかもしれません。

しかし、英語ができる人というのは、こういう受験英語的なことは、適当に無視しながら、英語ができるようになった人達だと私は考えています。

英語ができる人は、パターンを覚えなくても、単語ごとに理解することができるのです。

英語が苦手な人はこういうパターンを覚えれば覚えるほどドツボにはまります。構文は、先へ先へと考えないと使えません。

したがって、文を始めた段階でその後の展開を頭に浮かべないといけません。そうすると、がちがちに緊張してしまい、英語が話しにくいのです。

hardlyと言った瞬間に、次はWHEN節を展開するぞと身構えます。

It is interesting for 人 to 動詞、、などと、先へ先へと考えないといけません。これでは英語が口から出てきません。

出てきたとしても、とってつけたような英語になってしまいます。

もう一つ、日本語には定型表現が多いです。

はじめまして

よろしくお願いします

あけましておめでとうございます

など。単語ごとには意味が決定しないことの少なくないのが日本語です。

英語は単語ごとに意味が決定します。

日本語では単語ごとに意味が決定しないことがあり、英語でもそうなはずだと思ってしまうと

hardly … when ..

が構文に見えてくるのです。

つまり、日本人学習者としては、構文としてある程度の長さを思って初めて意味を成す、、と感じてしまいます。

しかし実際は、英語で構文に見えるものでも、意味は単語ごとに決定されています。

さて、

拙書、英語喉で、英語の聞き取りができるようになると、構文とか熟語とかを、そんなにがんばって勉強しなくても分かるようになります。

なぜでしょうか?繰り返しになりますが、英語は単語ごとに意味が決定されているからです。

一方で、日本語では、単語ごとに決定されない表現がたくさんあります。

ありがとうございました

だと、

「あり」の部分では意味が決定しません。

英語では

Thank you

のThank の部分ですでに意味が決定します。感謝するという意味です。

深く解説はしませんが、私は構文、熟語、用法、、などという概念は、故人ですが、哲学者のミシェル・フーコーが言うところの「言説」、「言説戦略」、「制度」だと考えています。

ところで私はスペイン語を理解できますが、構文は一つも覚えていません。でも分かるんです。それはスペイン語も(英語も)単語一つ一つに意味が内在しているからです。

じゃ、どうしたらいいのと思われる方がいると思います。英語喉を少し経験してみてください。そうすると、突然、英語が聞こえるようになります。聞こえるようになると、構文とか熟語とか、気の利いた表現を暗記しようとする気が少しなくなります。聞いたら分かるようになるからです。

とりあえず、この動画を10分ほど見てみてください。

なぜいちいち英語をマスターしたと言っているか

自分は英語が分かります。

大学生の後半ぐらいから、アメリカ英語であれば分かるようになりました。

イギリス英語やオーストラリア英語、インド英語でも常識の範囲で分かります。

しかし、なぜ「分かる」と言い切っているのでしょうか?

それは、普通のコンテクストでは、以下のこういう言い方がパラダイムだからです。

YOUTUBEのエンタメ系動画で

○○英語を出してきて、珍しい表現や、なまりがあったら、それを

うわっ、分からない

とびっくりリアクションすることで

みんなで楽しむ。

そして、英語ネイティブでさえ、分からない時があるところを見せて

へえ~ネイティブでもわからないのか

じゃ、私が完璧にある必要はないよね、、と納得する

普通の日本人の英語学習者も、先生たちもネイティブ同士の英語が分からないのだと思う

でも、それを言うのが恥ずかしいので

NZとか、米国のド田舎の歯が抜けたような話者の英語を聞いて

わからな~い

とびっくりリアクションして見せることで

皆で楽しむ

普通のネイティブが話している英語が分からないことを、ごまかしているのだと思う。

これは気持ちが分かります。私自身、大学生の前半は、アメリカ人同士が話し出すと、さっぱり分からなくなっていました。

ある時、アメリカ人のクリスティーナと話していると、そこにポールが来ました。クリスティーナがポールに話し出すと言っていることがさっぱり分からなくなります。

この時のレベルでも全国日本学生スピーチ大会(JUEL杯)で優勝しました。

たぶん、日本人の英語学習者は、私が20歳の時の英語のレベルか、それ以下なのだと思います。

(それ以下と書いた理由は、私が全日本英語スピーチで’優勝できていたからです。その私でも、ポールとクリスティーヌが話し出すと分からなかった。)

多くの人に英語喉をやってもらい、ネイティブ同士の話している英語が聞こえるようになってもらいたい。

自分は英語喉をしているので、もちろん、ネイティブの英語どころか、オーストラリア英語だろうが、インド英語だろうが、もちろん、聞き取れます。

常識の範囲で100%分かります

ただ、

もしかしたらインドの人は、特殊な表現とか言葉があるかもしれませんね。

でも、何を言ったかは分かるのです。

広島弁で、「わし、いぬけえ」と言ったら、皆さんは分からないかもしれませんね。でも

「わしいぬけえ」と言ったことは分かるでしょ?

オーストラリアの人は良く単語を短くするとか聞きます。

だから知らない表現を言うかもしれませんが、何を言ったは分かるんです。

私は、多くの人が、現在のパラダイムの影に隠れていると思います。

試験勉強によって英語を勉強した場合、なかなか聞き取れるようにはなりません。

ところが、20年、30年、40年も聞き取れない状態が続いて、自分が先生となったときに、

もし、世の中に一人でも英語分かりますけど、、、って言っている人がいたら、とても困るんです。

普通の日本人にとって、英語学習は、完成してはいけない、ネイティブ英語が聞こえるようになってはいけないんです。

それが制度だからです。

でも、英語は聞こえるようになりますし、ネイティブ同士が言っていることも分かるようになります。

繰り返しますが、これを言うことがタブーなんです。

意味分かります?

日本の試験の制度は、英語が聞けない人が頑張って練習して、英語が聞けない人ががんばって教えて、英語の聞けない人が試験問題を作って、英語の聞けない人が英語会話の方法の本を書いて、仲良く、やってきたんです。

そこに私がやってきて、え?英語できますけど

っとタブーを言ってしまった。

英語学習が制度になっている。

剣道の世界はそうなっています。剣道をマスターした、、なんて言ってはいけません。

一生、練習、勉強、学びです。しかし、剣道はスポーツではないのですから、それが美徳なのです。

日本の英語学習界では、インド英語がいつも出てきます。

インド人の英語が分からない、分からない

と。そして、アメリカ人でも分からないと言っている、、、みたいに言います。

しかし、実際はインド人の英語は分かる英語です。

ネイティブで分からないと言っている人は大げさに言っているだけです。

早く、こちら側の世界に来てくださいね。

今、ものすごく不自然です。

1億人以上人間がいる日本で

ネイティブ英語が聞けますと言っているのが私と、英語喉実践者しかいません。

逆に、絶対に絶対に日本人には英語がマスターできない

上川が英語が100%分かる、理解できると言っているのは絶対間違っている

と逆上する人は多いです

100%と言っているのは常識の範囲でですよ。

何か人が言って、その時に、テレビの音が大きかったりしたら、うるさくて、聞こえないこともあります。

英語喉を実践しているAさんが、こんな話を教えてくれました。Aさんの先生がAさんに厳しく英語の聞き取りの仕方を指導していたそうです。その後、聞き取りのセミナーで一緒になったそうです。その先生は受講生として参加していたそうです。なんと、その先生はそもそも英語の聞き取りができていなかったことが、そのセミナーで分かったそうです。

ネイティブ英語は聞き取れない、、、と決めたうえで、皆が仲良く英語を教えたり、学んだりしている

これは英語教育の現状だと思います。

そんな時に、英語できますけど、、ネイティブ英語聞こえますが、、

というとものすごい批判にあいます。

しかし、いかに批判を受けようと自分の目的は

英語をマスターしてもらうことです

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