日本に行ってきます

帰るというより、行くという感じです。どうしても。連絡事項 日曜日は、天満さん、神崎さんたちのインターネットラジオがあります。残念ながら、国内移動中のため聞けませんが、後で聞きたいです。 4月7日 山口大学で講演をします。 そのあと次の本のためのCD録音をします。5月ごろ発売になるのだと思います。 しばらくは書けませんが(4月の半ばまで)、また再開したらお知らせします。 それでは!

口発音パラダイムで最高級の英語を観察することで口発音パラダイムの限界を考える

昨日、初めてパックンがでてくる、英語で喋らナイトという番組をNHKで見た。で、思ったのは、あの番組は、パックンの日本語がものすごい、、、というのがポイントだということ。日本で育ったのだろうか?いや、第2言語として日本語をあそこまでやったのか?もう一つ感じたこと。 英会話というのは、文レベルとまでいかずとも、言葉を交わし、分かりあうのが目的なはずだ。例えば、 A君:飯ある? B君:腹減った? A君:うん って具合に、言葉をキャッチボールするのが英語であり、英語会話だ。そういうINTERACTIVEな要素が、パックンの番組にはない。存在しない。逆に存在するのは、なにかまとまった文のかたまりを聞いて、部分部分を想像して、意味をとること。 例えば、昨晩は、ジョンレノンの息子さんのショーンさんが、ちょっとむずかしめなことを喋って、それに聞き入るという設定。あるは、ゲーム的に、パックンが小難しい文を読んで、それを日本人ゲストが当てるという設定。 どこにもINTERACTIVEなコミュニケーションがない。それは日本人ゲストが、相手の喋っている英語を、単語ごと、いやシラブルごとに聞き取れていないからだろう。 ジムケリーがインタビューされていたが、別人のようだった。アメリカではハイパーで、冗談を言いまくる彼が、日本人にインタビューされているときに、非常におとなしく、単語をひとつひとつ明確に話していた。まるで別人だ。それは、きっと彼が、インタビューをしてくれている日本人の人が、自分の言っていることを理解していない、、と分かっているからだろうと思う。映画の撮影であばら骨が3本折れましたと言っても、通じないのである(相手の反応がない)。 つまりあの番組では、INTERACTIVEなコミュニケーションが起こらないのだ。そこまで日本人学習者の聞き取り能力に限界があると言うことだと思う。だから、聞き取りテストみたいなことや、インタビューでも、とにかくこっちが言いたいことを言っておいて、あとは、うんうんとうなずいている状態になる。 喉を実践することで、短期間で直る状態であるが、私がどんなにコンタクトしたところで、あの番組は喉をとりあげてくれないだろう。あの番組の事実上のポイントは、いかにパックンが日本語がうまいかとういことのように私には思える。 ただ、面白いのは、「英語で喋らナイト」のような番組は、学習者が聞き取りを苦手としているから存在しているのだろう、、、という点だ。聞き取りに日本人ほど苦労しない国には、そのような番組が*ない*。だから、そのような番組をつかまえて、INTERACTIVEにしたほうがよい、、、と言っていること自体が、認識論的に矛盾している。もし、学習者が聞き取りができて、INTERACTIVEな番組構成が可能であれば、そもそもそのような番組がある必要がないのである。私の昔の床屋さん(ホワイトハウスに一番近い)は、単に仕事仲間と喋るだけで、英語、フランス語、イタリア語などをマスターしていた。「英語で喋らナイト」のような番組で勉強したわけではない。聞けるから、言語の勉強がしやすいのだ。 *** さて、今日は、岩村桂南先生の英語を聞いてみる。NHKには先生の音声ファイルがある。 http://www.nhk-book.co.jp/gogaku/lets/muscle/index.html 先生の英語は口発音パラダイムでは最高のものである。アクビエリア付近で音がよく響いている。ところが、意識してゲップエリアを使っていないために、どうしても出ない音がたくさんある。 ここが面白い点だ。出している音が実際の音とは違っているという問題ではない。じゃなくて、どうしても出ない音があり、そのところが無になっているのだ。 それはRである。それも単語の中間、あるいは単語の最後に現れるRである。例えば、上の音声群のなかにたくさん出てくるのだが、EXERCISEと先生が発音するときに、Rが出てこない。MOREもそうだ。かわりに、日本語で使う伸ばす記号(-)な発音になっている。教科書音声学者が、イギリス人はRを発音しないと勘違いして説明しているために、おそらく、彼らは、いやイギリス人でもRを発音しないんだからいいじゃないかと言うかもしれないがそういうことではない。 Rが単語の頭にくるときは、Rによく似た音(アクビエリアで響かせた音、、、問題は無いと思う)が使用されている。無というわけではない。 口パラダイムでは特に、単語の真ん中に現れるRは発音が困難なのだ。EXERCISEというときに、単語のどまんなかで舌を動かしたりしていたら、単語全体が発音できない。だからその部分が無音になる。 (舌を動かしたとしても、音がこもるだけだが)。 MOREはRが最後に出てくるのにもかかわらず発音されておらず、-(伸ばす記号)になっている。 これは私も経験がある。口発音時代の話だが、自分ではアメリカ英語だと思っているのに、へーイギリス英語ですか、とネイティブに言われたことがある。EXERCISEなどという単語を発音するときに、口発音では、Rが出せない。特定のRが弱いのは、確かにイギリス英語的なので(Rを発音しないのではない)、そう思われたのだろう。 ちょっと例を出しておく。最初の音声ファイル1を聞いてみた。NO MORE EXECUSESのMOREのRが出ていないことを聞き取れるだろうか。かわりに、ノーモーと、伸ばす記号的になっている。…

英語喉の発音記号でないとシラブルは学習不可能である

辞書に書いてあるシラブル分割を持ってきて、それを勉強するというアプローチがあるが、それでは学習が不可能である。3ビート的な流動性がそれでは、表現しきれないというのもがるが、実際的に考えて、覚えきれないからというがある。 例を見てみよう、、、と思って、手元のジニアス辞書を見てみた。INTERESTINGは IN TER EST ING と分けてある。 そもそも無理があるのは、スペルをそのまま分割している時点で、そのスペルに信頼をあまりにおいている点だ。英語のスペルは日本語と違い、そもそもむちゃくちゃなのだ。音を表現しようと、なんとか努力はしたが、まあ、近似値的な表記にしかすぎない。 そのスペルをまともにとって、それを分割するのは無理があるのだ。 英語には、たくさんの外来語が入ってきているのだし、その場合、またしてもスペルと発音の関係がむちゃくちゃになる。むちゃくちゃなスペルに含まれるアルファベットの間に隙間をいれて、はい、これがシラブルです、、と言われても、それは信頼性がおけない。 スペルが、いや文字が発明されたのは、人類の長い歴史でいうと、最近のことだ。字が発明される前から、ネイティブは3ビートで英語を喋っているのである。 つまり3ビートが先なのである。そしてその流動性に満ちた英語音(あるいはヨーロッパ言語、、、というか東アジア以外の言語)を、歴史のほんの最近になって、アルファベットで表し始めただけなのだ。 だから3ビートが先なのだ。 だから、またしても、歴的に日の浅い辞書を100%信じ込み、それに載っているシラブル分けを暗記してしまおうというのは、むちゃなことなのだ。 辞書を編纂したのは、科学者ではない。人文系の人ががんばって編纂したのである。   それから、ネイティブにとっては、例えばJAPANという単語のシラブルわけが、辞書に JA – PANとあろうと JAP-ANとあろうと JAP-PANとあろうと 全部、見事に同じに発音してしまうのである。 あるいは、日本語を勉強して日が浅い英語ネイティブは、見事に3ビートで日本語を読むのだ。ARIGATOがAR-RIG-GAT-TOとなる。これは、辞書のそう読めと書いてあったわけでは絶対にない。そもそも、英語の辞書にそんなもん、載っていないし、日本語の辞書にそう読めと書いてない。ネイティブは、そもそも原則的に、根本的に、絶対的に3ビートで発音するのだ。 寝言でも3ビートなのだし、ローラーコースターで逆さ走行中、絶叫していても3ビートだ。 うちの犬でさえ3ビートでほえている。WOOF WOOF。人類、いや爬虫類?いや、生物に共通する発音が3ビートなのである。なぜか?それは生物の基本的な発音法が喉発音だからだろう。喉発音だと、勝手に3ビートになる。 犬には、個々の音を短く止める理由がない。ところが日本語話者にはある。音の長さを喉を緊張させることで、調整しないと、間延びしたような変な日本語になる(外国人が喋るような日本語になってしまう)。それどころか、単語の意味が変わってしまうのだ。王子さん、おじさん、おじーさん、オージーさん、、と。音の長さが意味に影響するのである。…

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