1年半、ギターレッスンをとって思ったこと。

音楽教育は普通、導入はドレミ(ハ長調)で、次にドレ<ミのフラット>でA短調だと思うんですが、最初にMINOR DIMINISHEDから始めると、物理的(?)に納得できるのではないか。 このスケールは全ての音の間隔が3半音(3度?)なのです。ドの次はレ#(ギターでいうと3フレット分上)、その次も3フレット分上へ、その上も(その下も)とえんえんと続きます。ドから始めると、ちゃんとオクターブ上の(下も)ドを通過します。 何が簡単か、何か基本か、導入かは人間が決めるものですから制度といえます。 音楽でハ長調から始めるのはピアノ至上主義(ピアノ帝国主義)ですよね。ピアノの鍵盤上では一見簡単に見える。ところが、その体系の意味、意図、意義が分かりにくい。 黒鍵2個があって、そのとなりに3個があってと意味がさっぱりわからない。 ところが、弦楽器で考えれば単純な、とにかくある音から3度づつずらしてください、、というシステムはなんと単純でしょうか? そして、クラッシック音楽ではよく使われていて、美しいですよ。 英語教育でも同じようなことが起こっていると思います。入口が難しくなっている。

脳を意識できる?

脳といえば、脳みそというぐらいですから、イメージとしては 味噌みたいなのが どて~~とある感じかもしれせん。でも右と左がありますので、形はイメージできますね。 でも、どこで考えているかとか、主観的、感覚的に分かるものですかね? 自分はこのような発想をしています。 悩みがあるときは仕事がはかどらない、、、 という感覚があるとすると、仕事に使う脳の部分と悩む部分は何らかの形で関係している。もしかしたら同じ場所? 自動車の運転をしながらラジオが聞けるとすると、たぶん、違う場所で対応している? 仮説にすぎませんし、場所で考えるのが正しいかどうかわかりませんけどね。 英語を広島弁に同時通訳するとき、、、英語を理解する脳と、広島を吐き出している部分が違うような感覚があり、さらに、とても気持ちがいいんです。 でも、同時通訳中に専門用語が出てきたとすると、急にこの心地の良さが消えてしまいます。 ストレスがあるときに何が効きそうかなと考えると、遊園地でローラーコースターなどがいいかもしれません。 このように考えますと脳にも色々な部分があるような気がします。もしかしたら同じ場所だけど、なにかプロセスが違うのかもしれませんが。 さて、英語を勉強するとき、字で勉強するのと音で勉強するのでは、情報が入っていく場所が違うんじゃないかと感じます。 音でやっていると、楽しいと感じます。 正しいスペイン語を話したいなとおもったとき、本を読むのもいいですが、メキシコとか中央アメリカの人を探してSKYPEで教えてもらおうかなとか思っています。 面とむかってやれば、楽しく脳の収納場所に知識が入っていきそうです。 ギターレッスンはSkypeでしゃべり言葉で教わっています。字ではなくて。だから続いているような気がします。

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