ジョンと25年ぶりの再会になる予定

クッちゃんと喉やんが、ジョンさんとカズさんの話をしているところを、カズさんが、録音しました。 [audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_01_2011.mp3|titles=kaz_08_01_2011] 直リンはこちらをクリック。 さて、今週は、とても待ち遠しいことがあります。それは25年前(1986年のこと)、私が同志社大学の1年生になり、学校が始まったぐらいの週に、出会ったアメリカ人の友人ジョンと再会できそうなのです。 今、DCになにかのイベントで来ているのです。ハワイ大学で教えているジョンは、20人ぐらいの学生をつれて昨日到着しました(まだ会っていない)。 京都の東山区、「せんにゅう寺」というとこに住んでいたのですが、同じ通りにアメリカ人が数人たまたま住んでいたのです。私はジョンに英語を教えてもらいました。銭湯が同じだったので、サウナのなかで英語をしゃべったり、、、やっぱり今思うと、おおげさな英語喋ってませんでしたよ。 遊びに行ったら、線香をたいていましたよ。仏壇でなくてね。そのときは、アメリカ人はすごい発想だなと思いました。ただ、線香をたいていたのが、トイレだったような気がします。ウンコの匂いを消すためだったのか、、、、記憶が薄れています。25年前のことなので。 ま、とにかく、大学1年のときであったアメリカ人が線香をたいていたのは、本当にびっくりした。(当時、同志社のウィリアムズ先生<ちなみに、先生は、評論家の竹村健一氏が若かりしころに英語を教えたとよく言っておられた>が、大学生協で、アイスコーヒーがないと言われて、コーヒーと氷もってきてくれと言ったのも、アメリカ人ってすごいなあと度肝を抜かれたのでした。それと同じぐらいのびっくり度でした)。 ジョンだけじゃなく、もう一人、ミネソタ出身の兵隊みたいな髪型をした青年もおりましたが、彼はミネソタは蚊が多いんだ~みたいなことを言っていた。だから今でも、ミネソタの人に会うと、蚊が多いんっでしょ~とか言うと、打ち解け度が一挙に高まります(笑)。 サウナで英語会話をしていたのでした。 ESSでスピーチの暗誦大会があって、当時、チャプリンの映画、独裁者からのスピーチが題材でしたが、彼に発音をチェックしてもらいました。大会を見に来てくれたのですが、後で、私がそのスピーチを「明るく」読みすぎたとの指摘。 今思えば、英語の「意味」と音が一致していなかったんでしょう。つまり、あのスピーチは重いテーマのスピーチです。でも意味を考えていなかったので、おもわず明るい感じで読みすぎてしまったのです。 私もジョンの手伝いをしたことがあります。京都の南のほうだったと思いますが、通訳として、在日の外国人のビザとかを管轄する役場みたいなとこに一緒に行ってあげましたよ。 その後、ジョンとジョンのアメリカ人の彼女(現在奥さん)は愛知県の西尾というとこに引っ越しました。英語学校に勤めていたのです。で、私は夏休みを利用して、遊びに行ったのでした。下は、たぶん、駅の近くの公園だと思う。 ジョンが西尾を発音するときに、ニ~~~シイイ~~オオオオウウウみたいに発音していたのが印象に残っています。今思えば3ビートだ! 当時は、葉書や電話でアポをとったんでしょうね。今と違って。 そこで、前にも登場した逸話ですが、ジョンの友人達のパーティーへ招かれたわけですが、そこにはアメリカ人が8人ぐらいいたのじゃないかと思います。中学、高校、大学1年と英語を勉強してきた私が、そのパーティで言われていることで聞こえた英語は一語だけ。 NO SHIT (「まじだぜ~」、、、という意味) だけでした。この言葉だけは、何回も、何回も聞こえました。 これはかなりショックでした。 でも、当時でさえ、私は同志社のESSの1回生でも英語ができると思われていたのですよ。さらに、上で書いたサウナ英語でも、通じていたし、私に対して言っていることは理解できていた。 ジョンが仕事中だったと思うけど、ジョンのガールフレンドとプールに行ったことを覚えています。そしたら、彼女が、「長いす」みたいなのに、どて~~~んと日光浴を始めましたが、その豪快さがガイジン的で記憶に残っています。 私は田舎者なのですが、広島の田舎のプールでは、どて~~んとプールサイドで横になっている日本人はおらず、ぎゃあぎゃあ、泳ぐのが目的でしたから、お~、ガイジンのやることは違う、、、と思ったのでしょう。 よく考えると、私とジーナが週末には、アパートのプールでどて~~~んと横になって(椅子みたいなのに)日光浴をしています。アパートの人達も、どて~~んと日光浴をしています。それと同じ光景です。 その時は、西尾がアメリカになっていた。…

英語喉でベトナムの旅 アメリカにいながらにして

フラットトップ(角刈り)に出会うことで、私は、今、1ヶ月に2回もベトナムに旅することになった。え、どういうこと? いかに角刈りにして、アメリカ社会にますます溶け込めたかについては以前述べた。私はそもそも日本人の美容師さんのところにいっていたのだけど、そうすると、微妙にオバサンっぽい髪型になる。 そういえば、日本人の若い男性歌手などは、もちろんのこと(この場合は当然っぽい、、、意図的に女性っぽくしている)、政治家のかたがたを写真で見たりしたときに、微妙にオバサンっぽい感じがするが、髪型が原因ではなかろうか? そこで、フラットトップなる髪型に出会ったわけです。これで自信をもって、相手が初対面でも会話できるようになりました。日本では、角刈りで、相手を威嚇するためのヘアースタイルなのに、米国では、そのくらいの積極性のあるイメージのほうが受けるようです。軍人さんのヘアースタイルでもあります。 https://www.google.com/#q=flat+top いきさつについては、以下の過去ログを参考にしていただきたい。 http://estat.us/wordpress/?p=1214 さて、フラットトップとは、男性にとってミラクルのような髪型なのです。男というのは、床屋にいって、色々と説明するのが面倒くさい人が多いのではないか? フラットトップの場合、フラットトップにしてくれだけでいいんです。いや、確かに、髪の長さを指定するのだけど、その場合、バリカンのさきっぽにつけるプラスティック製のガードで、その番号によって、短さが違うのだけど、その番号を指定するだけでいい。 私の場合は、横の髪の長さ1です。1だと最も短くなります。1の下はスキン(スキンヘッド?)だそうです。 あと髪の硬い私(典型的な日本人)の場合、フラットトップだと、勝手に髪が立つので、整髪料がいりません。白人だと髪が柔らかいので、整髪料などで手入れをして、髪を立たせるのです。 さて、実は、すでに、会社の近くのベトナム系床屋で2回もフラットトップにしたのですが、2回とも違う男性でした。 そこで分かったのは、フラットトップは誰がやっても同じだということです。バリカンで、最初から最後までやりますが、10分で終わります。値段も12ドル程度(千円ぐらい)。 そこで私は、同じ床屋に行く必要性さえないということに気づいたのです。 さらに、ベトナムの文化も同時に学べることも分かりました。ベトナムラーメンのPHOというのがあります。F-u_-#と発音します。F-u_-w_という感じです。フォーといってはいけませんよ。その本当の食べ方を教えてもらった。ラーメンと一緒に色々でてくるんですが(ライム、チリ、2種類のソース、、一つはチリ、一つは牡蠣?の味がする)、それを全部加えて食べるのがコツ。選り好みしてはいけません! それを実践すると、辛いかんじになるけど、思っていたほどは辛くなくて、いい感じ。 ベトナム人の床屋さんが、「そんなに辛くならないよ~」と言ってくれたので、実践したのです。ベトナム料理はベトナム人が食べているように食べる。これこそが、郷に入れば、郷に従え、、、ですな。 先週末の土曜日は、そろそろ髪を切ろうと思いました。日本人の美容師さんにやってもらうオバサンカットだと、なぜか、行きそびれてしまいますが、フラットトップだと2週間たつと、見かけの切れ味がなくなってきて、行きたくなってくる。 私のやりかたは、ナビゲーターを使うことです。自動車につけるやつで、住所を入れたら、行きかたを教えてくれるやつで、英語ではGPSと言ってます。 それに、BARBERと入れます。すると近所のBARBERがリストされるので、一番近いやつを選ぶ。できるだけ名前が地味なものを選びます。サロンとか、そういうかっこいいめの名前がついているのは女性用だと思うので、ファミリーバーバーとか、そういう地味な名前を選ぶ。 会社のあるFAIRFAXというところでそれをすると、かならず、ベトナム人の床屋さんに導いてくれるのです。 こうして、私は1ヶ月に2回ぐらいベトナムに旅行するのであります。 この土曜日にたどり着いたのは、ベトナムの女性5人の床屋でしたが、客はミリタリー関係の男ばかり。これだっと思いました。 しかし、そこでも、フラットトップができる人は限られているようで、少し待ちました。 全然、英語が喋られていません。甲高い感じのベトナム語が飛び交います。…

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