英語文法の脱構築

英語の文法は日本人にとって暗号である。例えばTHE。これを正しく使うのは難しい、、、とされている。ところが、この暗号を解くことに成功した(CODEをCRACKした)。ただし、この発表はすぐというわけにはいかないので、皆さんにはまたしても迷惑をかけることになる。THEだけではない。日本人には使いにくい複数、単数形の秘密も明かすことができた。だって、ものすごく簡単なことなのに、なぜ日本人にとっては難しいのか。それには理由があったのである。イメージ的には、実は文法は存在しなかった、、、という感じだ。文法は存在しないのである。

ちょっとずれるが、先日、ニイハラ氏のコラムで喉が雑誌で紹介された、、、とお知らせした。するとある人が「本を読みましたよ、、載っていましたよ、、、」とおしゃって、ちょっとこんがらがった。え、なんのこと?5秒ぐらい考えて、あ、雑誌に載っていたってことか、、、と思い直した。英語では本と雑誌は違うものなのだ(雑誌はMAGAZINEでありBOOKではない)。ニイハラさんは雑誌で紹介してくれたんだけど、その「本」を見ましたよ、、、と言われて、えー、なんのこと?と混乱したのだ。日本語では、雑誌は本のうちなのだ。それを感覚的に忘れてしまっていた。

日本人が特定の文法間違いをすると、そういう感じの混乱がネイティブの頭に起こるらしい。えー、、、どういうこと?みたいな。

喉の次になぜ文法書か?と思われるかもしれない。喉を実践しはじめて3年、職場で、周りが私をネイティブと同じように扱うようになって、私のつづりミスや文法ミスに苦情を言うようになった。口発音をしているときには、言われたことがなかったのに。喉発音をしているので、アメリカ人と全く同等の取り扱いを受けるようになり、THEを間違ったりすることがACCEPTABLEではなくなったのだろう。

そういう事情で、最近は英語を書いたあとに、ちゃんともう一度読み直す。これあってるかなあ、、、と自信がなければ、違う表現を使ってみる。

文法だけではない、、、。

 喉発音をしはじめて、職場にある人間関係とかがよく分かるようになった。だれが意地悪だとか、そういうことが噂話を通じて伝わってきたりする。口発音をしているときは、アメリカ人の同僚が他の同僚の悪口を私にすることは絶対になかった。ところが、喉発音をし始めて、そういう話をちらほら聞くようになった。

これはつまり私にとってアメリカが日本と同じになったということである。

急にアメリカと日本がそんなにかわらんじゃないか、、、と思い始めた(この逆が国家の品格の藤原さんだろうか、、、アメリカ人は論理を通す、、、とか。喉を始めて3年ぐらいがたつが、日本人もアメリカ人も論理を通す度合いがそんなに変わらんのじゃないか、、、という実感がある。)

 

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国産ネイティブ HIROさん

許可をもらったので、まずは喉実践者からのお手紙を紹介したい。 ****************** KAZさん、こんにちは。   最近はますます喉発音がうまくなってきました。ゲップエリアの感覚がかなりつかめてきました。特にu_とa_の感覚です。今、ブログに載せていただいている音声(http://nippondream.com/estatus/wordpress/?p=53)よりもうまくなっていると思います。   喉を読んだあとでもu__とAの違いが微妙でした。でもこの前ネイティブに「Aはのどを開くんだよ」というアドバイスを聞いてからくっきり区別できるようになりました。   アクビエリアの発音は喉の上半分を軽く開く。逆に、ゲップエリアは喉の上半分が開いてしまわないように下のほうだけで音を出す事に気をつける。これを意識するとできるようになりました。   あと、Lの発音の仕方を同じネイティブに聞いたんですが、彼は舌を上につけませんw 舌の中心あたりを少し盛り上げて発音すると言っていました(Rの話ではありませんよ。)。彼は指を口に突っ込んで発音していました。ちょっと驚いたのですが、僕もできました。   あらめて、今までの発音指導が間違っていると思いました。やっぱり喉ですね。 ****************** このかたは、留学中で、英語をまさにネイティブとの交流との中で学ばれている。そのため、ものすごい勢いで英語が伸びている。留学してるんなら、ネイティブと話せて当たり前と、留学未経験のかたは、思われるかもしれない。そうではない。口発音のまま留学するなら、アメリカに1年いても、ネイティブとの会話の経験がない、、、というのはざらである。あったとしても、日本でJETの先生をやっていたとか、NOVAの先生だったとか、そういう親日家と話をした、、、という程度が口発音者の場合はふつうである。 喉で発音すると現地の人との交流が自然に起こるのである。このことについてはすでに述べた。 皆さんは、私のような留学経験者が日本に帰ってきて、外国人とペラペラ喋っているのを見て、おーすごい、さすがアメリカ帰り、、、と思われるかもしれない。海外で外国人とのコミュニケーションを鍛え上げたのだろうなあ、、、と思われるかもしれない。 が、私自身思ったのだが(他の経験者はどうだろうか)、日本でのほうが、英語ネイティブと喋る機会が、アメリカ滞在中よりも多かった。というのは、日本に住んでいるネイティブは日本に興味があるから、日本に来ているのだから、口発音の英語でもしっかり聞いてくれる。だから少し英語ができるほうだと、日本で英語を喋る機会のほうが、現地でネイティブと喋る機会よりも多いのだ。 ところで喉で喋り出すと、海外においても、外国人が、あなたを同じ仲間として認知しはじめる。ものすごく不思議だが、納得がいく。その理由はすでに述べたが、英語が聞き手が努力しなくても理解してもらえる英語になることもあるし、この人は自分の理解を同じように理解してくれるな、、、と聞き手が感じるのだ。 ******* ちょっと回り道になってしまったが、上の手紙を紹介したのは、この喉実践者氏が、まだ口発音から喉発音への移行にとまどってらっしゃる喉実践者のために、役に立つであろう情報を発信してくれたからだ。太字の部分をもう一度掲載しておく。 喉を読んだあとでもu__とAの違いが微妙でした。でもこの前ネイティブに「Aはのどを開くんだよ」というアドバイスを聞いてからくっきり区別できるようになりました。   アクビエリアの発音は喉の上半分を軽く開く。逆に、ゲップエリアは喉の上半分が開いてしまわないように下のほうだけで音を出す事に気をつける。これを意識するとできるようになりました。 *********…

次の目標はいかに流動的に話すかに設定しませんか?

次の目標はいかに流動的に話すかに設定しませんか? さて、今週末の1時間半スカイプセミナー、あと2人募集です。以下で申し込んでください! http://doodle.com/2drucx8q7ang7wm8 喉発音がまあまあ、できるようになったかたの目標は いかに流動的に喋るか、、、にしませんか? 長崎の雨さんと以下の動画を真剣に見ていました。 下記で出てくるヴィデオ の中の’A.J. Burnet after Yankees’ shut out loss to Indians’ http://www.yesnetwork.com/media/video.jsp?content_id=15867945 です。このBURNETという投手は、けっこう、分かりにくい部分もあり、ジーナに聞いてもらっても、あれ?今なんてった?って感じの部分が微妙にありましたが、それでも参考にしたいのは、流動性、全然口に重心をおいていない、ポーカーフェース、、、などなどです。 私がアメリカで仕事をしていて、会議などでは、みんなこんな感じの顔で喋っていますよ。 すでに英語喉がまあまあできている人の次の目標は、ゲップエリアの底あたりを意識して、流動的に話すことです。これができていると次の発想の転換が起こります。 分かりにくいと思われる英語は、なまりがあるからとか、教育レベルが低いからではなくて、発音位置が低く、声帯の下の部屋のゲップエリアで音がスムーズにつながっているからだ、、、、 私も口発音時代は、黒人なまりがあるからわかりにくいとか思っていたことがあります。ところが、私の会社で駅から会社まで会社専用のバンに乗るのだけど、その運転手さんは、お年寄りです。黒人なまりもあります。 でも、全然、聞き取りにくくない。 また、私は口発音時代は、話者の教育レベルで聞き取りやすい、にくいが決定されると勘違いしていました。 発想の転換をしてください。…

絶対に留学しないと学べないことばかりなのか、、、というとそうでもないように思う。

最近、考えているのは、留学が必要か?ということ。天満さんが、国内で英語ができるということをおっしゃっているし、多くのかたが同じことをおっしゃっている。   そういえば、確かに私も留学をしたが、喉がまだ発見されていなかった時代、アメリカで英語の基礎力をつけたので、日本に帰ったときに、他の日本人よりも英語ができた。その英語力で同志社のときに、留学生などとよく話し英語をさらに伸ばした。   またJAICAの国際研修センターで、フロントデスクをやっていたので、そこでも英語力をつけた。   なーんだ、結局、自分も日本でやったのか。   喉以後は、日本も海外も同じになるということかな。   ある意味で日本にいたほうが、英語が勉強しやすいという面がある。喉でソーシャル的な問題がなくなると、英語を話す交友関係が増えるだろう。   とはいえ、もちろん、留学にはメリットがあるだろう。それはカリキュラム的な面で、特にアメリカの大学は充実しているように思える。   教えるということは先生によるが、対話が中心なのと、試験などが多いという点がよいかもしれない。だから、先生が教え方が下手糞だったとしても、対話とか、試験で補えるのかな。   また内容的に、その時代に大切なこと、というかレレバントなことを多く教えているように思った。というのは、教授たちも、グラントをとったりするのに必死なので、そのときどきのマーケット、経済状態にあったリサーチを目指している。だから、私の分野でいうと、当たり前かもしれないが、その時代に大切で、それをやらないとファンディングがとれないというようなことが、授業でもあったと思う。   それから、アメリカの大学や大学院のよいところは、自由に授業が選択できるということ。私は所属は社会学だったけど、別のどこの学部で授業をとろうと勝手だった。だいたいにおいて。   あと授業料は学期ごとなので、払いやすい、いやならやめやすいというのがある。   同志社で休学したとき、事務に手続きにいったら、「はい、休学の場合は学費は半額支払いです」と言われて、はアアアア、、、一体、なにこれ?と思った。授業受けないのに、学費半分?おたく何の商売?みたいな。   あ、ずれたか。…

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