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言葉への気づき

「言葉への気づき」ということをテーマに英語教育を考えてらっしゃるかたがたがいる。 どのように英語を教えたら、うまくいくか、日本語と英語をどのように比べたら生徒がよく理解するか、など説明を極めるというもので、これはすばらしいことだと思う。私も、英語喉の観点から貢献できると思った。 私自身は、英語教師時代に言葉の気づきに似たようなことを考えていたのかもしれない。が、失敗だという感覚を持っていた。 受験英語を教えていたのだが、うーん、もっと面白い、生きた英語を教えたいなあ、、、という希望があり、それがあまりできないという現実がある。その現実と理想のハザマで、なんか教師としてアイデンティティがほしいなあ、と思っていたときに、日本語と英語の文法の違いなどを説明した。すると生徒が、先生なんの授業やねんとクレームを言っていた。 私の場合は、つまり、自分の理想が果たせない状態のなかで、ちょっとええかっこしたいという欲求を満たせてくれるのが言葉の気づきであり、それ以上でもなかったように思う。ちょっと、自分は賢いだろうみたいな。受験指導してんのは仮の姿だ、、、みたいな。 そもそも、私が言っていたようなことは、ちょっと英語を勉強していれば、誰でも分かることだったので、知識量が当時の私よりも低いという立場があって、初めて私が実践した言葉の気づきは存在したのである。 「実はやっていれば誰でも分かること」ってのは、私の根本的な分析ツールの一つみたいな気がするのだ。音声学者の人が書いた本で、TAKE IT EASYはていきりーじーに聞こえます、みたいなのりの本がたくさんあるけど、それって誰でも分かるじゃんとか思うのだ。最近では、「ダーリンは外国人」という漫画を読んだのだが、それに書いてあることは、状況が同じだったら誰でも気づくことだなあ、、などと思っている。 (例えばであるが、トニー(登場人物)が映画などを見るときに、すごく反応するという話がある。もちろん、結論は、西洋人は反応が強い、、、となる。しかし英語喉パラダイムだとどうだろう。私は、最近、喉がゆるくなったせいか(英語喉で喋っているので)、人が笑わそうとして何かをいうと、他のネイティブと同じレスポンス速度でワラってしまう。なんかゆるくて、感情が笑いとしてすーっとでてくるのだ。そういうことじゃないのかなあ) 私自身の言葉の気づき活動は、教師と生徒という権力関係があってはじめて成り立っていたように思う。 じゃあ、英語教師として何をしたかというと、、、 私が求めていたのは結果だったのだ。生徒に力をつけさせたいという結果がほしかった。 だから、訳読をするのに意味が見出せなかった。あるとき電車の中で私の生徒が日本語訳を覚えているのをみて、なーんだと思った。 だから訳を配りたかったのだが、それはできなかった。 だからかわりに、小テストをつくった。授業に2回小テストをやってその時にカバーした内容を、少なくとも、短期的に覚えているかということを試した。そうすれば、結果がでるかもしれない、、、と。私がつくった全ての小テストをあつめたやつがおった。全部、半ページだったのだが、あるとき、1ページつかってつくったら、そいつがクレームをつけた。自分は集めておるが、半ページじゃないと一緒にとじられない、、、から困るとクレームをつけてきた。 私が考えていたような言葉の気づきは、日本語をよりよく理解するとか、英語をよりよく理解するとかいうものだったと思うのだが、それをしたから、じゃあ、生徒が英語ができるようになるのか、なんらかのかたちで賢くなるのか?そういうことを実験して証明するとよいだろうと思う(当時の私の言葉の気づきは単なるファッション、いやアイデンティティの強調にしかすぎなかったのだろう)。俺は違うんだ、、、と。 私が思うに、英語の授業のポイントは生徒が英語ができるようになることであり、それ以上でもそれ以下でもないと思う。それに役立つような言葉の気づき戦略であればすばらしいものがあるだろう。そういうのに磨きをかけて実験で証明するとよいのだと思う。 英語喉や機関銃英語には、西洋人の立場からみた西洋言語の気づきがふんだんに含まれている。日本人が思いこんでいることではない。西洋人からみた立場での西洋言語である。 たとえばだが、なぜ英語ネイティブは、ああいうぐあいに日本語をしゃべるのか?これは、喉発音と3ビートを実践すれば、自然と起こることである。 自然と起こるということは、どういうことかというと、経済原理である。それが一番楽だということだ。喉をリラックスしていれば、自然と3ビートになるのだが、その状態だと、自然に出てくる喋りかた、発音がある。 これは言語経済学というやつである。 言語活動はおいおいにして合理的選択の結果なのである。 例えば、アメリカ英語においてEVANという発音をするとき、ゲップエリアを定位置にすると、EVANと読むよりEVIN(i_)と読むほうが楽なのである。 これは言葉の気づきというか原理である。…

MASA RADIOのマイルストーン 英語をとにかく使おう!

(本格的)英語学習歴6ヶ月めMASAさんによるMASA RADIOがなんと、有名人(いや有名人に近い人)のインタビューに成功している! 相手は、ミュージシャンの映像をとる仕事をしているジャマイカのマーカスさんである。MASAさんのMIXI日記の説明によると、マーカスさんは「マキシ・プリーストのマブダチであり2009年のJAPANツァーにはつきっきりでビデオを録っている。 」 http://audioboo.fm/boos/420438-masa-radio-48-marcus-who-s-maxi-priest-s-buddy 最近、英語喉セミナーで教えていると決まって出てくるのが、「MASAさんのようにやってみたい」とか、「MASAさんのように英語が聞けるようになりたい」というセミナー参加者さんのコメントだ。 MASAさんは最近の日記でこう書いておられる。 「で、こういうやりかたを「英語喉原理主義」と(上川氏命名)呼ぶが、これは具体的には文法書等スタディガイドを一切使わず、ただひたすら実地にネイティブ相手に使う中で英語の話法も何もかもひっくるめて習得しようという試みだ。 提唱者は「英語喉50のメソッド」の著者の一人、上川一秋氏だ。(もう一人の著者は奥様のジーナ・ジョージ女史)ただし、彼自身は英語喉メソッドを確立する以前から英語への理解が深すぎたので実践のサンプルとは成りえない。」 「こういうやりかた」というのは、とにかく英語の世界に飛ぶこむやりかたで、よく考えてみると私が開発したというより、日本人以外の外国人がやっていることと言えるかもしれない。 日本人の学習に対する考えは、あまりに準備の文化でありすぎだと思う。そういえば、中学校は、高校入試の準備、高校の勉強は大学入試の準備という感じ。大学は、今度は、資格をとったりで、就職の準備。 就職難の時代だが、「準備がたりなかったから就職できなかった」という考えになるのか、あるいは、ちょっと待てよ、どうせ就職がないんだから、もっと自由な形でスキルを追求するべきではないか?。 先日、私が中国語をクラック、ハッキングしていく要領、姿勢、考え方を示したので参考にしてほしい。言語というのはクラックするものだ(暗号を解くように)。決して、用語集を覚えて、それを名人ワザのように引用するのではないだろう(それは難しすぎる)。 昨日は、アパートのプールで泳いでいたのだが、アメリカ人の女子大生がたくさんいるのだが、人の噂話ばかりしているように聞こえる(けっこう、お互いのことを聞いていない、、、HEとかSHEとかそんなばかり、、、ある意味で、そういう会話、うわさ話をするようになったら、本当にアメリカに溶け込んだことになるのかもしれない。とけこんでいれば、、もうお互いのことを知っているわけだし、また、うわさ話というのは、相手に信頼があって初めてできることだからだ、、、プールで話をしているのは、なぜか女性ばかりで、男性の場合、無口で日光浴。男+女のグループは喋っている。)。 聞こうとしなくても英語喉で聞こえてしまうのだが、全然、日本人が覚えるような決まり文句を使っていないように思う。 中学校で習うような基本的な文、そして基本的なる動詞ばかりを使って普通に喋っている。 日本人が覚えている熟語というのは、日本人で英語が得意な人が、作ったのだと思うが、日本語の感覚で、そして日本語で言いたくなるような表現を英語で考えたとき、こうなるだろう、、、というものが多い。そして、それは結構、英語ではそれほど言うものではない。 もちろん、使わないということではない。例えば、「実は」というときに、AS A MATTER OF FACTという表現がたまに出るだろう。しかし、そういう決まり文句は、覚えておいて使うものではない。 つまり、基本的なる英語をつかって、とにかくどっぷり英語の世界につかっていると、そういう表現は、確かにたまに出るので、いつのまにか自然に覚えている、、、という感じがベストなのだ。 つまり必死に覚えるものではないのだ。 しかし、なぜ人々は、熟語やフレーズを覚えようとするのだろう。それは、おそらく、すでに基本は知っている、でも喋れない、他の何かが必要だという焦燥感からではないか? 歯ブラシのコマーシャルで、常に、歯と歯のあいだをきれいに、、、というのがばかりだ。しかし、個人的には歯と歯のあいだに虫歯ができたことがない。できるのは決まって、歯と歯のあいだじゃない、おもいっきり歯の上の表層、それも中心部分だ。ということは、しっかり歯を普通に磨けばいいということになる。 現在の英語学習は、歯と歯のあいだばかり磨きすぎて、もっとも虫歯になる歯の上の平らなところを磨き忘れているように思える。 ちょっと比喩に無理あった??? さて、脱線したが、 MASAさんが言っているように、確かに私は元々、英語力が高すぎたので、全然サンプルにならない。そんななかでMASAさん、そして皆さんが英語力を伸ばすことで英語喉の威力を証明してくれればこれはすばらしいことだ。…

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