英語会話と年齢の話

よく40歳から、50歳から英語会話ができるようになるか?ということを人が言いますよね。

もちろん、英語喉をしてもらえば、何歳からでもできるようになります。

実は、年齢が上のほうがアドバンテージになることがあります。

年齢というより経験の豊富さかと思います。

例えばですが、私は犬の散歩をよくします。190世帯が住むコンドミニアムコミュニティーに住んでいます。3階建てで1階にいますし、会社の仕事をうちからしているがために、犬が要求するたびに外に連れて行きます。

ワンは12歳で、2回もシェルターに「返品」された事情のある犬ですが、おそらくそれは家の中でシッコをしてしまうからだと思います。

ですから、私は2時間に一回ぐらいは、ワン(名前はクレメンタイン)が要求する度に外に出します。1階ですので、外と言っても、すぐそこ、、なので。本格的な散歩はとなりの公園まで歩いて1分、2分なので、それは一日1回程度です。

先日も、外に出しましたところ、いつも出あうアメリカ人の男性、、、年は同じぐらいだけど、見た感じなどが、自分と少し違う感じです。犬の散歩をしていなかったら、話をすることもない感じでした。

よく見ると、去年つれていた犬と違う犬でした。

話を聞いていると、彼の犬も去年死んだそうです。私の犬も同じころに死にました。

犬をかわいがっていたが、死なれてしまった、、というのは、経験ですよね。アメリカ人だろうが、日本人だろうが起こることです。そういう経験を通じて、お互いの心が通じ合います。

そんな時に、難易度の高い語彙を使うとか、文法を使うということは心が通じることと無関係です。

主に声を通じて心が伝わります。

これは犬の話ですが、近所の人に出くわすときには思いやりを込めて挨拶をすることにしています。

皆さんも、英会話をする練習においては、語彙やら文法やらを試す、練習することも大切ですが、まず、声でもって(ずばり英語喉で)心を伝えてみてください。内容は挨拶、、元気ですか?とかでいいのです。

口発音では残念ながら心が伝わりにくいのです。喉、首の奥からできるだけ深く響く声でHow are you?と言ってみましょう。

さて、英語喉の応援は、ぜひ、英語の勘シリーズのゲットなどでお願いします。アフィリエイトで稼ぐ、、なんて良く聞きますが、自分のサイトなのだから、自分の本を宣伝したほうが良いかなと思って、宣伝させていただきます!

コメントもいただければと思います。下のほうにスペースがあります。

https://amzn.to/36eB6Uw

Related Articles

ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀

今日のトピックの一部を読みながら、即興英語で言ってみました。 http://www.nippondream.com/file/kaz_08_03_2011.mp3 [audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_03_2011.mp3|titles=kaz_08_03_2011] 実は、数ヶ月前から書いて見たいトピックがあった。それは「ちょっとだけ難しいほうを選ぶ」ということについて。 その前に、新しいコーナー、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」です。米国コンサルタント会社勤務の日本人サラリーマンのuさんが、昨日、通勤のため電車に乗ったところ、目の前の黒人青年の左腕に以下の刺青をしているところを発見しました。 「恐い」 なぬ~~??「恐い」と書いてあるのです。おもわず、じ~~~と見てしまいました。 アメリカ人が漢字で刺青を入れているのは普通ですが、普通は、漢字だけです。例は新活とか、わけのわからない組み合わせですが、uさんは、普段だと「日本語だと意味を成さないけど、たぶん中国語であるのかも」と納得するのですが、今回は 「恐い」 と、どう考えても日本語の「い」が書いてあります。 「すみません、その(恐い)という言葉の意味をあなたはご存知なのですか?もしかして、あなた、俺は恐ろしいぞ~という意味でそれ彫りました?じゃなくて、恐いは、scaredと言う意味ですよ。あなた、もし日本に行ったら、周りに大笑いされますよ。それでもいいのですか?あなたは、恥をさらすことになるんですよ」 とuさんは、心のなかで言う練習をしましたが、その青年がちょっとだけ恐い感じがしたので、実際には言いませんでした。 uさんが、よく見る漢字の刺青に「力」があります。しかし、uさんには、まず、それはカタカナの「カ」に見えてしまうのです。「ちから」じゃなくて。でも、この場合は、中国語とすれば、「力」以外の何者でもないですから、納得が来ます。 以上、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」コーナーでした。 さて、ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀ですが、何かをするときに、二つ選択があるとすると、ちょっとだけ難しいほうを選ぶとうまくいくのではないかということです。 私は、これを実践しているのです。というのは、人生を振り返ったときに、楽なほうばかり選んだのではないかなという思いがあります。ただし、楽なほうは、世間的には、大変だと思われていることが多い。 例えばですが、「暗記」というのは、世間的には、楽じゃないと思われている。でも、実際は楽です。考えなくてもいいから。逆に難しいことというのは、例えば、英語だと、ネイティブと喋りながら頭のなかで文法や語彙を自分のものにしていくことです。 これは、ちょっとだけ難しいでしょう。勇気がいりますし、本当に使える表現を自分で選ぶ必要があります。 中学校のときに、級友にたたかれていたことがあります。小学校のときから、いきなりたたいてきたりする人がいたので、その延長でした。 しかし、それは、小学校のときからよく知っている級友です。中学校で、他の地域の知らない生徒がたくさん集まったわけですけど、やはり叩いてくる奴がいるのですが、その場合は、「なんでお前にやられる筋合いがあるのか?」と思いますから、まず叩いてきた段階で徹底的に反抗が起こります。 いじめっ子達は、たたいたときに、反抗するかをチェックしているのです。 大学の1年生のとき、知り合ったばかりの級友が、会うたびに「巨人の桑田に似ている」と言ってくるのです。からかう感じで。そのときは、彼の胸倉をつかんで、ぶち切れてしまいましたが、それで、彼はそれを言うのをやめました。お前のことあまり知らないのに、なんで、そんなに大きく出てるの?という疑問だったのです。結構、楽でした。全然、勇気がいらなかった。一発でカラカイが止まりました。全然勇気がいらなかった。しかし、これが正しい行動だったのかな~~。疑問が残ります。 小学校のときからたたかれている場合ですが、これは反抗しないほうが、楽だったのです。その人には、家などの位置も知られているから、まちぶせなどされたら終わりです。だから、その場をしのぐために、がまんする。 がまんするというのは世間的には難しいと思われているけど、実は楽なのです。短期的にはね。 しかし、知らない奴がたたいてくると、これはその場で反抗するほうが、楽です。ほっておくと、大変なことになるでしょう。…

英語で考えるとは?

YATTAMONさんに質問を受けました。英語で考えるとは? http://blog.with2.net/link.php?709532:1932 そもそもですが、YATTAMONさんが英文をよく書いておられます。例えばこれ。 http://yattamon.cocolog-nifty.com/english/2012/06/post-488a.html で、私は感じるのですが、え?なんでこういう間違いをするの?という思いがたまにしています。 文法を気にしない、、、というのが王道の考えです。私も思います。しかし、その私が、「え?なんでこういう発想になっていて、こんな間違いになるの?」と感じるのです。 私が矛盾しているのか?としばらく考えていました。しかし、思うに、YATTAMONさんが英語で考えていないのじゃないかと思うにいたりました。 例えばですが、 I hadn’t been thought that I was going to start learning English so far when I started…

動詞の進行形

作家の(と言っても、この一語で表せない活躍をされている)松井博さんが、“I am loving it!” って正しい表現なの?というエッセイを書かれていました。 https://cakes.mu/posts/6715 松井さんのTWITTERアドレスです。 https://twitter.com/Matsuhiro さて、私は松井さんのエッセイを読んだときに、え?と思いました。なぜなら、動詞は全ての動詞が進行形にできるからです。 例えばI am loving it!を松井さんは、文法的には間違いっぽいが、実際には使うと定義されております。 私は、I am loving it!は文法的にも正しいが、仕事やアカデミックな文書などには、登場しないと言うでしょう(LOVEが進行的に起こるという特殊なシチュエーションが普通はフォーマルな文書には現れないため、、、LOVEはいちいち現在進行にしなくても、感情なので、進行っぽいわけだけど、それをあえて進行形にするほどの特殊な状況は日常生活には起こるだろうが、机について書くフォーマルな文書で、そこまでこだわる必要がない、、だからと言って、LOVEを進行形にしたら文法間違いということではない、、というのが私の考えです)。 ただし、意外と結論の部分では、そんなに私の考えと松井さんのエッセイの主旨は違っていませんでした。 私の世界観では、全ての動詞が進行形にできます。だから、英語は比較的簡単に喋せる言葉で、あまり例外がありません。 では、動詞によって進行形になるものと、ならなものがあるという「世界観」では、英語を喋るのが難しいと思われます、、、が、、、、(ここが大切)、、、 そういうことを気にして英語を喋るのは、逆に高度な技術なので、誰もやっていないと思われますから、心配する必要もないでしょう。 私の感じでは、「全ての動詞が進行形をつくれない」という言い方は、「言説」であり、おそらくですが、このことが英語の先生の権威、パワーを少し上げるということじゃないでしょうか? ここからは、松井さんのエッセイのクリティークというより、もう25年ぐらい感じていることで、本サイトでは8年間ぐらい言い続けていることです。 例えばですが、ネイティブは、そんなことを知りませんから、「そんなこと知りません」とネイティブが言うとすると、「ほらね、ネイティブは英語が母国語だから、文法の細かいことを知らないんですよ。だから、英語は、日本人の先生から習うのがいいんじゃない?」ということになり、日本人の英語の先生の権威を上げるのじゃないかな。 もう一つ、私の言っていることが正しかった場合ですが、説明が短いのです。私は大阪の高校で2年、英語の教師をやっておりましたので、分かるのですが、クラスには47人生徒がおりまして、人数が多いと、講義形式にならざるをえず、そうなると、何か言わないといけないのです。説明をたくさんしなければいけません。全ての動詞が進行形にできる、、だと説明が3分で終わります。動詞によっては、、、だと20分ぐらいは喋れますし、「君達、覚えてくださいね」と暗記のネタ、試験のネタにもなります。すると生徒が静かになります。生徒が静かになると、教師はまるで、自分の力量が上がったような感じになりますし、また他の同僚も、XX先生は力がある、、と納得してくれます。生徒が静かになると、教師は、「生徒の目が違ってきた」と陶酔します。…

Responses

Your email address will not be published.

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

Skip to toolbar