発音よりも内容が大切だ、、、という言い方の問題点は以前に指摘した。今回は、「日本を説明する」ということの問題点というか、からくり?について話したい。
 

NHKを見ていたらクールジャパンという番組があり、日本を説明する、、、ということがメインになっている。これがきっかけとなったのだが、それ以前にきっかけとなったのは、留学記ものでよく聞くエピソードで「外国に言って日本のことを聞かれて困った。日本にいるときにしっかり日本のことを勉強しておけばよかった」、、、という言い方である。
 

もちろん、素直にとって、それはそうです、、、と言いたいところなのだが、実際のメカニズムとしては以下のとおりだとおもう(これは意見であり、あくまでも仮説です)。
 

私も口発音時代は、よく日本のことを聞かれた。でも喉発音になってから、聞かれなくなった。変わりに日常のことや、どんな音楽がすきかとか、、、そういう日本でも当たり前に話されていることが会話の主題となった。
 

なんで口発音でしゃべるとすぐに日本の話になるのかなあ、、、。
 

結局のところ、口発音でしゃべる日本人に、外国人は面食らうのではないだろうか。それは、他の外国人と比べても、ものすごく違う英語だからだ。そして、この人には自分の文化は理解できないだろう、、、だからこの人の国のことを聞いてあげよう、、、と思うのだと思う(あくまでも仮説)。
 

旧正月で集いがあったので行ってきたのだが、ある初対面のアメリカ人と話していて、最後の10分ぐらいでわかったのだが、その人は日本にJETで2年入っていたということだった。

(ここでのポイントは、最後になって、相手が日本に住んだことがある、、、ということが判明した点。)
 

口発音時代にはひとこと何かいうだけで、「日本人ですね」と分かるわけだから、すぐに日本の話になっていたのだが、喉発音を始めてから、ネイティブが私を日本人だとか、何人だとか意識せず、単に「人」と認知しているように思う。
 

以前だと、JET経験者だと、会ってすぐに、「実は日本に行ってたんですよ」という感じで日本の話ばかりしていたわけだ。
 

私自身も同じようなことをしている。アジア系の人にあって、最初の2秒で相手が口発音だったら、「私は日本から来たんです。あなたは?」という感じで、アジア人同士だ、、、というような感じの話をする。最初の2秒で、相手が喉発音だったら、「あっそう」ってかんじでなんとなく納得して、アジアに関係ない一般的な話をする。
 

アジアというより東洋といったほうが正確だろうか。
 

日本の魂を忘れたか、、、という話ではない。
 

アメリカに来て、アメリカ人と話して、すぐに日本の話になるのは、それは、口発音でしゃべることが原因ではないかという仮説である。
 

そういう意味で、日本を説明しよう、、、という考えを、国際交流の第1目標にかかげるのは、あまりに大げさではないかということを言いたい。口発音時代(石器時代みたいか)に留学した日本人の経験に基づいて、「私は海外で日本のことをいろいろ聞かれて、回答に四苦八苦した。だから、これからの若い人は、日本のことをよく勉強して、海外で困らないように」ということで、そういう目標が掲げられたのでは?

まずは人間と人間の普通の交流があり、その交流のなかからいろいろな方向性が出てくるのが普通っぽいのかもしれない。
 

現在、旧パラダイムと新パラダイムのはざまで、上に書いたことが一体、通じるだろうか、誤解されないだろうか、、、などと考えながら筆をおきます。

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