昔の思い出、京橋のうるさいバーにてカナダ人と交わした会話

まずは、ぽちっとお願いします。 http://blog.with2.net/rank1932-0.html 大学を出て、京橋にあった私立高校で英語の先生をしてました。同志社のときの友人が、門真のパナソニックで働いていて、外国人の同僚がたくさんいた。その関係で、あるアメリカ人が、バンドメンバーを探しているというので、ベーシストとして参加。 うるさいバー、、、今はしまってしまった京橋の伝説のバー、トランプスにて、ライブを週末にやった。アメリカ村でも結構ライブをした。セラーズという店とか、ゾンビパラスというとこだったかな。1992、3年のころの話。 私たちのバンド名はFLUXだった。ギタリスト、ボーカルがジェリーで、ドラムがビリーだった。ビリーは、DC近辺に住んでいる。ジェリーはペンシルバニア。4年ほど前に再会できた! トランプスでは、ライブの休憩時間に、大阪で働いている外人たちとよく話したが、あるカナダ人とこんな会話をした。 いや、週末にね、肉をフライしておいて、それを冷蔵庫にいれておくんだ。そして、それをチンして食べる。 なぜ、この会話を覚えているかというと、当時、え?こんな内容がニッチな会話を俺しているの? まるで親友と話しているみたい、、、内容がとっても、日常。 普通、英語というと、論理が大切だとか、内容が大切だとか、、、うるさい。 その会話がでも可能だったのは、今考えると、そのバーがうるさかった。うるさいから、大きな声で喋っていた。すると、もともと広島弁なので、喉がゆるめなところに大きな声をだす。 すると喉発音になっていたのだろう。 だから、そのカナダ人が、心を開いてというか、、オープンに、そんな日常の話をしたんじゃないだろうか? なんて思ったりです。  

英語ができないから国際競争力に問題が生じているのでは?

やっと、スマートフォンを買いに行きました。今週中にゲットできそうです。在庫がなかった。 http://blog.with2.net/rank1932-0.html チョイスは、事実上、I-PHONEか、SAMSONGかでした。だって、日本製品が店(VERISON)に置いていないから。 ソニーとか、パナソニックとか、シャープとか、どうなってしまったんでしょうか? 70年代、80年代は、日本の経済力に力があった。と、同時に、当時から日本人は英語が不得意だったのだと思うのですが、誰も、日本人の英語力と経済の関係を問う人はいなかった。 その反動で、今日でさえ、日本人の英語力のせいで経済が振るわないと考える人はいません。 ところが、もしかして、サムソンが強いのは、韓国人の英語力、コミュニケーション能力じゃないか?などとふと思ってしまいました。 海外のCONSUMERの好みを知るには、現地の人の文化を知る必要がありますが、日本人は、自分達の都合のいいように、外国の文化を理解しがちのように思う。それは、日本人同士だけで、日本語で、喋っているからだと思うのだが、例えば、アメリカの食事は大味でまずい、、、とか、、。 しかし、気づいてみると、アメリカの食事もうまいものがたくさんある。 アメリカ人と行動していれば、アメリカの料理をアメリカ人風に食べることになるが、すると、うまい。 レストランなどで、ウェイターさんに、色々と質問をして、おいしいものにありつく、、、のだが、そういうのをするには、英語ができないと無理。 最近、思うのだが、もしかして、例えばマスメディアの人たちが海外で、本当に英語を通じて報道しているのだろうか?もしかしてCNNとかニューヨークタイムス読んで、まとめているとかじゃない?だって、聞き取りができなかったら、どうやって、海外で取材できるの? 強く発音されたどこだけに聞き耳を立てるとか、そういう方法では、事実上、仕事ができないと思う。 海外にたくさん、日本人がいるけど、仕事になっているのかな~??? シカゴ大学時代に、政府関係で留学してきていた人だって、英語が聞き取れないといっていたし、それで、政策関係のクラスを2年とっても、縦走回帰分析の結果が読める程度になったとおっしゃっていたけど、それは日本でもできる。 もしかして、中国人は、英語力、コミュニケーション能力を生かして、世界の機会をゲットしているのではないだろうか? 国内のビジネスだとコミュニケーション能力を問うのは、当たり前だが、世界のビジネスとなると、なぜか、まさか、英語能力、聞ける能力については、表面的には問題視されないように思う。 しかし、英語力が問題視されないのは、その日本人が、外国人に金を渡す立場にあるからじゃないかな。金をもらう立場になる場合は、コミュニケーション能力が大切になるのじゃないかな。 日常生活で全然英語がパーフェクトじゃないから困らないというのは、それは、外人に金をばらまく立場にある場合だと思うのだ。 太平洋戦争前の交渉など、英語が聞けずにどうやって交渉したのだろうか?と考えると泣けてくる。

音が聞こえる世界の楽しみ

英語の音が100%聞こえるということは、その他の言語でも、100%聞こえる、、、という主観の体験。 http://blog.with2.net/rank1932-0.html 多くの人に味わってもらいたいと思う。 今日は、エアコンの不具合の直すのに、ベトナムの人が来た。その人の英語で、シラブルに特徴がある。シラブルの最後が、微妙に上がる感じ。その上がり方も、歌を歌っているよう、やさしい感じ、なつかしい感じのメロディー、、こんなものの全てが圧縮したような感じ、、、が聞いて取れる。 シラブルといえば、0.5秒から1秒の世界だが、その中に、ドラマが入っていて、それが全部聞こえてくるのだ。 昨日は、中国人に会って、その人と私の間に、共通の知り合いがいることがわかった。その共通の知り合い(中国人)の名前はメンリーなのだが、それは英語読み。中国人の若者が、「マンリー」みたいに発音していた。 マンとメンだと、本当に0.5秒の世界に圧縮された音空間の違いである。 しかし、確実にこれが聞けるのだ。 シラブルの区切りを知っていること、、、つまり、マン、リーという具合に、二つの「つぶ」からこの名前がなること、、、これが、聞いたら分かる。 なぜ分かるかというと、子音ー母音ー子音が一塊だということを知っていれば、M-A-N L-I-Yというふうに実際に聞こえるからだ。 そして、その一つ一つのシラブルのなかに、山があったり、谷があったり。 これは、広島弁と同じなのだ。 きゅ~りゅ~もぐ は、キュウリをとるということだ。 きゅ~の部分と「九」では四声が違う。 りゅ~の部分と「竜」では四声が違う。 自分の方言と中国語が同じなのだから、中国語も気づいてみると、音としては完全に聞こえる。 そして、英語も同じなのである。 WHAT? という短い表現でも、前半が低く、深い感じがし、そこから音程が上昇する感じだ。英語喉の本では、発音記号の下に線を引くことで、このことを表している。一個一個の音でこれが決定しているので、一度覚えれば楽だ。例えばWは、首の根元で発音するが、この音は歌でなければ、必ず低め、深めで発音される。 WHATは、w_-a_-Tと英語喉では表記する。下線部のところを深く読めば、自然なシラブル内の抑揚が生じる。 それはWとAにあたる部分が首の根元で発音されるからである。 日本人は長い間、「英語がフラットだ」と呼ばれてきた。しかし、フラットなのは、標準日本語を喋る人の英語である。田舎もんが、あまり何も考えないで英語を勉強すれば、自然と、英語のシラブルにも抑揚をつけることだろう。 さて、大昔のBLOG記事をみたら、2007年当時でも、私自身の音声をUPしている。例えばこれだ。やっぱり、私自身、シラブルの中に抑揚をつけている。これは、英語喉をやっていたから、自然にそうなったということもある。が、広島出身だからそうなっているということが大きいのかもしれない。 もちろん、標準語しか喋らない人だって、意識すれば、できるようになるだろう。…

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