November 2009

強く読むところ、弱く読むところ

従来の教え方では、英語には 強く読むところ、弱く読むところ があるそうだ。これは完全に間違っている。もちろん、強く読もうが弱く読もうが個人の自由だが、そう読んだから英語が通じるわけではないし、強いところを気にして聞いていてはついていけない。 さて、たしかにネイティブの英語を聞いているとそういうところがあるようにも思えるかもしれないが、それは、たまたまそう聞こえるだけである。 ところで、日本語を知らないネイティブが おはようございます と、たどたどしく読むならば、日本人の耳には「は」のところと、「ざい」のところが強く?音程が上がって聞こえるかもしれない。喉発音の上下と3ビートが重なりあって、ダイナミックな形で英語のメロディーは生まれる。 従来の音声学によると、内容的に大切なところが強く読まれるらしい。 すると、このネイティブにとって「は」と「ざい」が大切なのか? そんなわけはない。 強く読むところがある、弱いところがあると、信じて、繰り返していると、何かをやっているような気になるだけである。

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ミシェル フーコーから学んだこと

大学時代にミシェルフーコーに出会ったのだが、彼の歴史観、いや分析法?は非常に面白い。クリニックの誕生という本を読み直しているのだが、ある病気を治すのに、昔のある時点では風呂に何回もつけるというような治療法をしていたらしい。ところが現代では、全然違う治療法が発達していて、医者がいかに病状を見るかという根本的なパラダイムを比較している。そのパラダイムを何が支えているのかとか、どのようなことがらが、見えることととして処理されるかということが書かれている。 1963Naissance de la clinique 『臨床医学の誕生』 神谷美恵子訳、みすず書房、1969年、ISBN 4622022176 ニーチェの系譜をつぐ人だということが分かったので、ニーチェなども読んだが、「善悪の系譜」とか、読んでみた。 ヨーロッパの大学ではニーチェは基本文献だと聞いた(本当かどうか知らんが)。え、ニーチェ読まないの?みたいなことを言われたことがある。同志社に来ていた留学生に。アメリカでは当時、フーコーの監獄の歴史というのは、歴史の授業とかでは当たり前のように読んでいたんじゃないかと思う。私が学部の授業をとったときにも、ASSIGNされていたし、また教科書コーナーには常連のように置いてあった。残念ながら、フーコーの書き方は読みにくい。 さて、 2007年は英語喉出版の年であった。2009年はキカンジュウエイゴの出版だ。厳密には喉パラダイムは2005年あたりに誕生していて、それを意識的に実践していたのは、私と、2006年あたりに実験台になっていただいた、苅谷先生だけだった(ちなみに、無意識に実践されていたのは、RON氏、長崎の雨氏、天満さん、、、それから帰国子女と小林克也氏ぐらいだろうか?最近音声をUPしていただいたTOSHIさんもされていたのかな?) この喉パラダイムの以前と以後で発音や、聞き取り教育のパラダイム、そして根本の部分が全然変わってきている、、、が、、、まだまだパラダイムの変わり目にあるために、多くの人が知らないだろう。 以下のURLは、英語喉のライバルであるXXXに共感されている先生のサイトである。英語喉と相対するパラダイムであり、一つ一つの指導法が全く逆である。英語喉は喉をリラックスさせないと英語音が出せないというやりかただが、XXXやこのサイトの先生のやりかたは、音をするどくすると英語がうまくなる、いわゆる曖昧音を曖昧に読むと、うまくなるというパラダイムだ。 XXX(引用するのをやめた) 音をするどくすれば英語になる、、、という考え方であるが、例えばSをするどく発音しなければならないという。これはXXXのXXさんが一貫して指導されていることだ。 これは喧嘩を売っているのではありません。その実際に、するどいS音を使いながら、またあいまい音をあいまいに実際に読んでいるところ(学習者じゃなくて)を聞かせていただけないだろうか?従来のパラダイムでは、不思議と教える側の英語が出てこないのである。 新しい喉メソッドでは、自分の英語をUPして発表することが、もはや恥ずかしいことではなくなっている。喉でやると恥ずかしくない。 逆に、従来のやりかたは(Sを強く言うとか、強く読んだり弱く読んだりするとか、わざと曖昧に弱めに読む母音が存在するとか、、、)、ミシェルフーコーが描いた昔の治療方のなかで、例えば、風呂につけて病気を治すとか、、、そういうことに似ていると思う。 するどくするとか、はっきりする(そしてその逆として曖昧に発音する)、、、というのは、日本の歴史のなかで、富国強兵の制度を確立しようとするなか、出てきた、、、いや、それまでも似たようなことはあったかもしれないが、教育実践ではないだろうか。 そういうことをしたところで、英語がうまくなるわけではないのだが、それを見つめる指導者=指導される側という権力制度を保つという観点から、適した言説であると思う。 我々はこのようながんじがらめの言説から、どのように脱却し、真の自由を勝ち取ることができるだろうか。 フーコーについてはここ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%BC

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国産ネイティブ
国産ネイティブTOSHIさんが久々にUPされている

http://eigoningen.seesaa.net/article/132040491.html ほとんど言うことがないほど完璧だ。ただ、ガンをつきつけられて、何か言わぬと打つぞとスゴマレタらこんなコメントをするだろう。 1. BENTOの最後のOは日本語のオと同じではっきりしたオのほうがよい。(3番目に出てくるBENTOのOの読み方は正しい!ただし、これは、BENTOを日本語ではそう読むから、、、という理由である。ネイティブがBENTOの読み方を知らなければ、TOSHIさんが読んでいるような読みかたで読む可能性もあるだろう。POTATOの最後のOがu_で読まれるのと同じ原理、、そう読むのがゲップエリアが発音の定位置であるネイティブにとっては楽、、辞書ではどうなっているかはチェックしていないが。TOSHIさんは、国産ネイティブどころか、ネイティブになってしまったのではないだろうか、、、。) 2.SCHOOLのOOのところは日本語のウと同じではっきりしたウのほうがよいと思われる。 3.TRAINがTRENに聞こえるような気がしました。 音声による指摘 http://www.estat.us/blog/toshi.wav   TOSHIさん、エピソードなど教えてください! 後日談 TOSHIさんが本件についてコメントしてくださっています。 http://eigoningen.seesaa.net/article/132833506.html

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