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ついにフェースブック的に!

やっとFACEBOOK WALLのような機能が正常に作動しはじめました。 他のメンバーのWALLで書き込みができます。またコメントを消すこともできるようになりました。 ただ、誰かがメッセージをWALLに書いたときに、書いたよ~ということが、明らかに分かるのかな、、、。 皆さん、試してみてください。  

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Nの秘密

ジーナが、私をさして、日本一緊張感がない人だと言ったことがある。 http://blog.with2.net/link.php?709532:1932 私には身に覚えがある。 あ、その前に、昨日、仕事のEメールを見ていて気づいたのだけど、アメリカ人の名前がずら~と私のメールBOXには並ぶが、ほとんどのラストネームがY,D,u_あるいはNで終わっている。N以外は、ゲップエリアだ。やっぱり、ネイティブの発音の低位置は、ゲップエリアなので、名前の最後も、そこに落ちている音が多いのか。 それにしてもNは不思議だ。日本語でも不思議な存在だ。しりとりでそれで終わると負ける。 いいやすい発音なのかもしれない。 英語にはNで終わる単語が多い。中国語にも多い。 なんと広島弁や鹿児島弁(アキさん)にも多いようだ。 せん(=しない)、こん(=こない)、ほん*じゃ~(=それなら) Nはシラブルの数を減らすのに大活躍だ。 沖縄琉球学園さんのラジオ局は読谷だけど、読み方は「よみたん」。4つのシラブルかと思いきや、Nのおかげで3つになり、いいやすい。 日本語で、君、さん、などもNで終わる。 さて、私のことだが、大学を卒業して、大阪の高校に勤めていたときに、違和感があった。それは、「私は人にあやまることをしないのかな」という感覚だ。 しかし、あれは、今思うと、当時の同僚のかたがたが都会出身なので、すぐに、「あ、すいません」と謝るかんじがすることに反応していたのだけど、もっと根本的に、体の感じが硬かったのだ。 私の違和感は、今考えると、同僚が体を硬くして、丁寧にしようとしていることに対し、私自身が、それを返していないところにあったのだと思う。 今、剣道を通じて日本人の大人に会う。あるいは、隣人と、たま~にビールを飲むことがある。 そのとき、彼らの体が硬いことが分かる。 今日は金曜日だが、ランチはいつも、ベトナムラーメンPHOの店に行く。すると、日本人の団体がいつもいるのだが、日本人だけ、オーラを発しているようだ。 それは体の硬さからくる印象が光を放っているような感じがする。 その店には、たくさんのベトナム人や中国人がいるのだが、彼らは、なんとなくアメリカ人と同じ感じで、「ぼ~~」とした印象がある。日本人は「しゃきっ」とした感じがする。 しかし、広島に住んでいたときのことを考えると、田舎の人たちは、体が硬い印象がない。 敬語もほとんどなく、「です」という標準語を借りてくる。 広島弁独自の敬語、丁寧語がないように思われる。 ゆ~たんです、、、という具合に、ゆ~たんの部分、広島弁の部分に、です、という標準語をつけて丁寧語にする。 「ちゃった」をつけると、かろうじて、敬語になる。 先生が、ゆ~ちゃったんじゃって。 先生がしちゃった=先生がされた。 敬語や、丁寧語、体を硬くして、丁寧さを出すのは、産業や商業の発達した都会での現象じゃないだろうか? ところで、田舎でも、昔、いわゆる「不良グループ」の中学生にからまれたときは、なんとなく、体を硬くすることを要求されていたような記憶がある。 「おまえ、生意気だ」とか、いちゃもんをつかられたときね。

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方言を忘れる(2)広島人にとって喉発音が簡単な理由

で、なぜ、広島、および中国に近い日本においては、喉発音が簡単かということの理論です。 たとえば、私もなお君も広島出身。英語発音がこんなに簡単にできます。 http://www.facebook.com/photo.php?v=215517675230957 例えば広島弁では、「しない」を「せん」と言っていいのです。でも、なぜ「せん」と言って、千とか線とかと混乱しないのでしょうか??? それは中国語と同じで広島弁、および西日本の言語には四声があるからです(厳密には4つあるか数えていませんが、4という数字には、おそらく物理的な制限があるのじゃないかと思います。)。 しない、、、という意味であり、1シラブル語である「せん」と千や線は、四声が違う、、、シラブル内のイントネーションが違うのです。 1シラブルのなかで音程を変えることができる=喉がゆるい=(喉をゆるめれば)簡単に英語が発音できる、、、、 ということでしょう。 英語喉が理解されにくい理由は、英語教育者、言語学者が東日本にありがちな都会の大学において教育されるために、もはや、シラブル内の響きの変化とか、音程の変化を 聞けない からだと思います。 ヒラガナで字に書いた段階で、ヒラガナ(=シラブル)の内部は、ブラックボックスとなり聞こえなくなるのでしょう。 字にかける場合だけ、学者は反応できるのだと思います。 だから、舌の位置とかは、字で説明できますから、反応します。

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