自分を取り戻す方法としての料理

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さ~て、始まりました~~。クッちゃんと喉やんの英語教室です。今日の表現は、WHAT TYPE OF MUSIC DO YOU LIKE?です。英語喉の225ページにある表現です。MUSICのところを色々変えて言ってみましょう。英語喉発音記号では、

W_-u_-T/T-AI-P/P-u_-v/M-IU-Z/Z-i_-K/D_-U-Y_/Y_-U-L/L-AI-K

(Lは本では小文字ですが、大文字のほうが見やすいので大文字にしました)

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さて、英語喉パラダイムにおいては、自分をいかに取り戻すかというテーマが大きなテーマだ。これを「ガイジンになる」と私は表すことがある。

一つには、多くの英語教育者や、どちらかというと保守的な論者達が決まって、英語は内容が大切であり、発音を極めようとするのは、邪道だ、、、あなたはガイジンに、あるいはアメリカ人にそんなになりたいのか?と問うことに対する、私なりの「カラカイ」、「おちょくり」である。

はい、ガイジンに私はなります。ただし、日本人である私がガイジン化してもアメリカ人にはなりません。日本人ですから。

過去の自分を写真で見たときに、そこには、やせこけた若者がいる。栄養失調のようであり。私は、以下のことを実践することでガイジンになることにしたのである。

角刈り+たんぱく質補給+懸垂+ネイティブの標準姿勢(英語喉29ページ参照)を保つ

なぜ角刈りなのか、なぜ懸垂なのか、などはすでに色々なところで述べている。

私にとって、ガイジンになるとは、本来の自分を取り戻すことである。

さて、私は、今日は料理に関してふれたい。うちは、健康ブームで運動がはやっているのだけど、この数ヶ月、私は料理を本格的に始めたのである。

それも、原始的なる料理を始めたのだ。どんなに原始的かというと、例えば、牛肉を買ってきて、それをフライパンに落とし、塩、コショウをするだけだ。

いや、本当にそれだけだ。それがきっと原始時代の食べ物だったと思う。

さて、英語喉が、いわば、従来の言語学、音声学に対するアンチテーゼだったと思うが、この原始的なる料理法は、料理にまつわる全ての言説への挑戦である。

我々は小さいころから、米をたくのでも、まずは、水につけて、何時間待てとか、炊き方にしても、最初はこうで、なかぱっぱだとか、色々聞いてきている。

実際、そんな方法で米をたくものなら、時間がかかってしょうがない。

そこで、私は、もっと原始的な料理法はないものかと考えたのである。日ごろから、ジーナが、強靭な体を作るには、肉を食うことが大切だと言っていた。

あるとき、ハンバーガーを作ってみたくなったので、ミンチを買ってきた。ジーナにアメリカ風のハンガーバーの作り方を聞いてみた。

日本だったら、醤油をいれるだの、パン粉を混ぜるだの、寝かせるだの、ということを私は想像する。

たまねぎを切って入れるというのもありえる。

しかし、ジーナが教えてくれた、最も正統的なハンバーガーの作り方とは、ミンチを手でつかみ、適切な形にして、フライパンに置くだけだったのだ!!!!!

な~~~んと豪快な料理法だろうか!!!!

そこで、私は、え?油は引くでしょ?と思い、オリーブオイルに手を伸ばした。

すると、そこで出てきたジーナの言葉、英語は以下のようなものだった。

Let it do its own thing. 肉が自分でそれなりに対処しますよ。

え~~~、オイルも要らないのか???

じゅ~~~と肉が音を立てると同時に、肉汁というか、油が出てくる、出てくる。その油が、オイルの役割をするのである。

そして、味付けは、なんと塩と胡椒だけだ。え~~、それでおいしいのか?と食ってみるのだが、これがうま~~~い。

料理時間はほんの10分だ。

そしてその10分のあいだに、私はインド米を水にぶちこみ鍋で煮るのだけど、これが本当に10分程度でできてしまう!

日本米を炊飯器でたくなら、少量でも30分ぐらいは’かかるのに~~~。

試しに日本米を同じやりかたで鍋で炊いてみた。すると10分でできあがったのである。今まで、炊飯器をつかわないといけないと思い込んでいたのだ。

なんたる原始的な料理法なのか。そして、たんぱく質はたっぷりである。これに懸垂を加えると、筋肉がつく、つく。

運動を全然していない白人レベルの体には到達している。

日曜日にスーパーに自動車で行くのだが(そのスーパーはホールフーズという名前だ)、買い物法も、料理法にあわしている。

パックを買うのである。ステーキのパック(月曜日用)、豚肉のパック(火曜日用)、しゃけ(水曜日用)を一切れ、チキン(木曜日用)のパック。どれもこれも、一回の料理でフライパンにぶちこむサイズだ。

たんぱく質がよくとれるぞ~~。どれもこれも、ただ単に軽く、塩コショウである。

料理時間は10分程度。野生の匂いがするのか、うちの犬が、料理中さわぎまくるのである。

これこそ、野生の料理である。

今までの自分は、料理の言説にとらわれすぎていたのである。タレがどうの、しこむがどうの、「ねかす」がどうの、味をしみこますがどうの。

しかし、よく考えてみると、もう肉自体がうまいじゃないか?

実はさっきも、シャケを食ったのだ。うまい、うますぎる。

これこそが狩猟時代の食生活だ~~~。自分で自分が食っているものが何か分かる、そしてそれもシンプルな食材だ。

これこそ、自分自身を、「食の言説」から解き放つ方法なのだ。

週末はさすがに、レストランに行ったりしています。

さて、このBLOGも影響力を持ってきている。実は、私の影響を受けて(?)PROJECT Xさんが角刈りではないが、ボウズ頭にして、なかなか似合っているというのである。前に教えた人が、懸垂用の道具を買ったと言っていた。

たった数人程度だけどね。

原始的な料理ぜひ試してみてください。

あれ~~、今気づいたけど、PROJECT Xさん、英語が文句なしに国産ネイティブになっているではないですか!!!

おめでとうございます!こちらをクリック!

http://pr0jectx.blog.fc2.com/blog-entry-9.html

 

 

ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀

今日のトピックの一部を読みながら、即興英語で言ってみました。

http://www.nippondream.com/file/kaz_08_03_2011.mp3

[audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_03_2011.mp3|titles=kaz_08_03_2011]

実は、数ヶ月前から書いて見たいトピックがあった。それは「ちょっとだけ難しいほうを選ぶ」ということについて。

その前に、新しいコーナー、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」です。米国コンサルタント会社勤務の日本人サラリーマンのuさんが、昨日、通勤のため電車に乗ったところ、目の前の黒人青年の左腕に以下の刺青をしているところを発見しました。

「恐い」

なぬ~~??「恐い」と書いてあるのです。おもわず、じ~~~と見てしまいました。

アメリカ人が漢字で刺青を入れているのは普通ですが、普通は、漢字だけです。例は新活とか、わけのわからない組み合わせですが、uさんは、普段だと「日本語だと意味を成さないけど、たぶん中国語であるのかも」と納得するのですが、今回は

「恐い」

と、どう考えても日本語の「い」が書いてあります。

「すみません、その(恐い)という言葉の意味をあなたはご存知なのですか?もしかして、あなた、俺は恐ろしいぞ~という意味でそれ彫りました?じゃなくて、恐いは、scaredと言う意味ですよ。あなた、もし日本に行ったら、周りに大笑いされますよ。それでもいいのですか?あなたは、恥をさらすことになるんですよ」

とuさんは、心のなかで言う練習をしましたが、その青年がちょっとだけ恐い感じがしたので、実際には言いませんでした。

uさんが、よく見る漢字の刺青に「力」があります。しかし、uさんには、まず、それはカタカナの「カ」に見えてしまうのです。「ちから」じゃなくて。でも、この場合は、中国語とすれば、「力」以外の何者でもないですから、納得が来ます。

以上、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」コーナーでした。

さて、ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀ですが、何かをするときに、二つ選択があるとすると、ちょっとだけ難しいほうを選ぶとうまくいくのではないかということです。

私は、これを実践しているのです。というのは、人生を振り返ったときに、楽なほうばかり選んだのではないかなという思いがあります。ただし、楽なほうは、世間的には、大変だと思われていることが多い。

例えばですが、「暗記」というのは、世間的には、楽じゃないと思われている。でも、実際は楽です。考えなくてもいいから。逆に難しいことというのは、例えば、英語だと、ネイティブと喋りながら頭のなかで文法や語彙を自分のものにしていくことです。

これは、ちょっとだけ難しいでしょう。勇気がいりますし、本当に使える表現を自分で選ぶ必要があります。

中学校のときに、級友にたたかれていたことがあります。小学校のときから、いきなりたたいてきたりする人がいたので、その延長でした。

しかし、それは、小学校のときからよく知っている級友です。中学校で、他の地域の知らない生徒がたくさん集まったわけですけど、やはり叩いてくる奴がいるのですが、その場合は、「なんでお前にやられる筋合いがあるのか?」と思いますから、まず叩いてきた段階で徹底的に反抗が起こります。

いじめっ子達は、たたいたときに、反抗するかをチェックしているのです。

大学の1年生のとき、知り合ったばかりの級友が、会うたびに「巨人の桑田に似ている」と言ってくるのです。からかう感じで。そのときは、彼の胸倉をつかんで、ぶち切れてしまいましたが、それで、彼はそれを言うのをやめました。お前のことあまり知らないのに、なんで、そんなに大きく出てるの?という疑問だったのです。結構、楽でした。全然、勇気がいらなかった。一発でカラカイが止まりました。全然勇気がいらなかった。しかし、これが正しい行動だったのかな~~。疑問が残ります。

小学校のときからたたかれている場合ですが、これは反抗しないほうが、楽だったのです。その人には、家などの位置も知られているから、まちぶせなどされたら終わりです。だから、その場をしのぐために、がまんする。

がまんするというのは世間的には難しいと思われているけど、実は楽なのです。短期的にはね。

しかし、知らない奴がたたいてくると、これはその場で反抗するほうが、楽です。ほっておくと、大変なことになるでしょう。

そんな感じで、とにかく、楽なほうを楽なほうを選んでいました。

しかし、ちょっとだけ難しいことを選ぶ、勇気を出すというのが本当はよいのではないかと思うのです。

バミューダに行ったとき二つの経験をしました。

一つは客船に、ロッククライミングみたいな壁がつくってあって、それに挑戦したのです。実は2度目の挑戦でした。12月にカリビアンに行った時も全く同じ船でしたが、壁の上まで到達できませんでした。

5メートル程度の壁をヘルメットをつけてのぼります。途中で、絶対もうだめだと思いました。やめたほうが楽だと思いました。でも、係員の人が、絶対いけるから、がんばれ、赤の石を握れ!と言うのです。

腕力の問題ではないことは、説明を受けて分かっていました。子供でもできているのですから。大切なのは足です。足でぐいと体を上げます。

赤の石は確かにちょっと上にあったのですが、私の視点からは、それをつかんだら落ちてしまう、、、と感じたのです。

でも、それは目の錯覚。そこでギブアップするのは簡単でしたが、ちょっとだけ難しい選択として、実際に、つかんでみる、、、ということをやってみたら、なんとつかめて、その後はすいすいと、述べれて壁の上までいけたのです。

充実感がありました。ジーナも喜んでくれました。

それから、なんとピンクの砂浜に行ったのです(存在するのです)。砂がピンクっぽいのです。

写真はこんな感じです。

そこで泳いでいたのですが、岩などがとてもいりくんだような場所がありました。以下が写真です。

水に入ってみると、ちょっと先に行くのが恐い感じでした。

恐いけど、ちょっとだけ勇気を出して、ジーナと一緒に、岩のあいだを泳いでみました。すると、勇気を出して、恐いけど、やってみたことを、とっても楽しく感じたんです。岩場はぬるっとします。ちょっと上がって見ました。

すると目の前に、外から見えなかった小さな砂浜が現れました。そこに行ったら、音が急に静まり返ったんです。それまで、波の音がざわついていたのに。周りは岩の壁です。足もとは砂浜です。ちいさな空間でした。

ちょっとだけ勇気を出すっていいなと思いましたよ。

振り返ったとき、人生の選択はいつも楽なものばかり選んだように思います。

小学校、中学校の教育のなかで重んじられたことは、全て楽なことばかり。とにかく、暗記する、とにかく挨拶する。とにかく、机に向かう。とにかくクラブ活動をやめない。とにかく静かに聴く。頭がいりません。楽なことばかりです。

それらのことは、世間では、難しいとされているようなことです。

世間で、素晴らしく難しいとされていることは、実は、楽なことばかりじゃないでしょうか?

実生活では、例えば、こんな感じで実践しているのです。例えば、なにかの請求書が間違いがあるとして電話します。すると、相手が融通がきかないときがあります。ここで、こちらがぶちきれるのは、逆に楽なことです。口発音のときは、それをよくしていました。しかし、そこで、あえて、ちょっと難しいと思われることをするのです。ユーモアを加えながら、冷静に相手を説得します。結構、相手が、話を聞いてくれて、うまくまとまることがあります。

運転だって同じです。ぼけ~~~と運転するより、周りを意識しながら運転するほうが、少しだけ難しい。だから、気をつけて運転します。

買い物も同じ。服が2着あるとする。すると、慣れている色を選ぶほうが楽です。でも、あえて、勇気を出して、ちょっと違ったのを選ぶと。

英語の勉強法でも同じです。よく、文法を学べとか語彙を学べとか言います。でも、それは実は楽なことじゃないでしょうか?やっているつもり、勉強しているつもりにになれます。楽です。

皆さん、勇気を出して、ネイティブと会話してみませんか?

まだ中学生ぐらいならば、勇気を出して、いじめっこにnoを言ってみませんか?

逃げないで、たたかれているのは、それは逆に楽じゃないですか?ちょっと勇気を出しましょう。

いや、単に逃げてみませんか?

逃げることさえ、しなくなってしまう。これが完全なる草食動物化でしょう。

逃げない、、、というのは、世間的には「がまん」ですから、価値のあることとされていますが、でも、それをしているのは、そっちのほうが短期的に楽だからじゃないでしょうか?

日本では、一度始めたら最後までと言う言い方がありますが、あれは、実はそのほうが楽なのじゃないかな?

というわけで、私は毎日、肉、食って、懸垂しています。筋肉がついてくると、なんとなく、ちょっとだけ難しいことに挑戦したくなるのです。

明日は料理について書きます。

 

「内容」とか「論理」とか「主張」は全く要らない

週末英語喉セミナーの申し込みはこちらから。

http://www.doodle.com/ziiicwc489s3mf8e

そして、本日の練習です。先日、ヨッシーさんが、喉の根元を鳴らしながら喋るという言い方をされていました。小さいときに喉を鳴らして遊ぶことがあったそうです。私も宇宙人の真似をするときに、そうしていたと思います。あと、やったもんさんが、喉で出す音は「音」で、日本語風の声は「声」だとおっしゃっていました。確かに、ネイティブの出す響きのある喉音は音って感じですね。そこで、そのあたりからヒントを得て、以下の音声ファイルを作りました。お経のように英語や日本語、フランス語、スペイン語をとなえていますが、喉の奥で音を出して(声にならないように???)、やります。そのときに、音がとぎれないようにしてください(日本語でやっているところだと小さいッのときにどうしても切れてしまう~~~)。ではどうぞ:

http://www.nippondream.com/file/okyo_07_22_2011.mp3

それでは本日のテーマです。

よく英語の発音が大切だとか、ネイティブ発音が大切だというと、決まって

発音より内容が大切だとか、論理力も大切だとか、主張できることが大切

という方向に走る。

たしかに、内容を持っている人、論理力のある人、主張ができる人というのはいるように思える。しかし、私の考えでは、内容、論理力、主張などは、表面的な「現象」であり、その背後にあるのは、「経験」であると考える。

知識と経験と言おうと思ったが、やはり経験という言葉を使わせてもらう。

というのは、英語ができる人達の世界の話だけど(日本以外か~~汗)、いちおう、3種類の統計モデルのグルー?みたいになっている。

先日、KENJI_Yさんが言っていたのだけど、統計学のことで、KENJI_Yさんのボス?あるいは同僚が、このサイトいいねと言ったのが、なんと、私のサイトだったそうだ。

実際、ぐぐってみると、少なくとも3つの統計モデル名で私の統計学サイトがトップあるいは2位(WIKIに負けるぐらいだ)に来る。その分野の親玉をさしおいて(笑)。

実際、感謝のメールがいっつもくる(英語で)。スコットランド、カナダ、中国、インドネシアとか。

つい先日も、アメリカ人から、あなたのマニュアル参考になりました。ところで私が校正してあげようか?なんてオファーが来た。そのすぐ後に、「もちろん無料でね」とか。なんか、すぐお友達状態だな。

なんか自慢みたいだけど、同じことを長くやっていると、つまり経験を積むと、さすがにつぼ?というかコツみたいなのが分かってくる。

そのコツというのは、統計モデルも色々あるけど、結構、親戚関係みたいになっていて、このモデルとこのモデルは実は兄弟でほとんど同じだとか、このモデルとこのモデルは従兄弟だという感じの関係がある。

長い間やっていると、さすがに、その関係が分かってくる。

しかし、それぞれのモデルの専門家は、独自の言葉使いをするので、そのことを理解していても、あまり丁寧にそのことを教えてくれない。

例えばだが、教育計測のラッシュモデルは、どう考えても、たんなるLOGISTIC REGRESSIONモデルなのだ。

それは当たり前すぎるほどのことなのだけど、当たり前すぎるのか、あまり言わない。

でも、私は、思わず、言ってしまう。そう表現すると、LOGISTIC REGRESSIONを知っている人にラッシュモデルを説明しやすいと経験で分かっているからだ。

またラッシュモデルはLOGISTIC REGRESSIONです、、、ということだって、あまりに当たり前すぎて、それを言うこと自体が恥ずかしい感じがするので、本当の専門家は言わない。

それ言っちゃうと、じゃ、あなたの開発したソフトウェアを買わなくてもSPSSで出来てしまうってこと?、、と下手するとなっちゃうというのが原因かもしれない(実際は、そこまではいかんと思うが、、。実際、特化したソフトウェアはかゆいところまで手がとどくような機能が満載だから、、、)。

統計モデルの名称にかなり問題がある(問題があっても直せない~~名前がないと困るから)。例えばだが、HLMを授業でとった人は、マルチレベルのLOGISTIC REGRESSIONのことをHGLMと呼ぶことがあるのだけど、その呼び方自体、微妙に違う、、、(というのはHLMも究極的にはHGLMだから、、、わけわからんでしょう?)。しかし、ま、そう読んでおいたほうが、便利だということが言える。

ま、今回のエッセイのポイントは、経験が大切だということで、経験を積むと、難しく思えるものが結構シンプルに思えてくるのです。

で、内容とか、論理とか、主張はいらないのです。

ある分野(なんでもいい)で経験があると、内容がどうのこうのといきどおらなくても、自分の経験から物が言える。

論理的に、、、なんてかっこつけなくても、自然と論理的になる。

主張しなくても、専門的なことから発言するわけだから、自然と周りの人が聞いてくれるのです。

ただし、これは仕事の上での話です。日常生活で論理がどうの、内容がどうの、というような話はいらん(日本も同じだと思う)。英語だと日常生活でも論理的にならないといけないと思っているのは勘違いで、英語教育に関わっている今のオピニオンリーダーの人達が、かつて留学したときに(今もだと思うけど)、英語が通じなかったこと、聞けなかったことの落胆、疎外感みたいなのが根底にあると思います(私も口発音時代は疎外感を感じていた!)。だから、特にアメリカにかすかな「落胆」、「がっかりの気持ち」があるので、すぐに「国際時代の英語」とか、グローバルな英語とかの方向に行ってしまいがち。

今日書いたのは私の経験で、たまたま専門知識みたいだけど、学術的でなくてもよくて、ダンスだとか、サーフィンだとか、リーダーシップだとかなんでもよい。

経験、経験って何回もここで言うけど、きらびやかなものじゃない類の経験。OLSの結果と、HLMでランダム効果を求めないモデルを走らせたら結果がまったく同じになったとか、そういう泥臭いレベルの経験で、え~、OLSでもMAXIMUM LIKELIHOODでも、ある条件下では同じ結果になることがあるのか~、、、って感じの本当に泥臭い、地面に近いレベルの体験的経験のこと(専門家には軽蔑されそうな類か~~笑)。

ま、このことでHLMと、OLSの関係が分かる。OLSとANOVAの関係も知っているので(同じじゃん)、そこからANOVAとHLMの関係が分かる。一度、HLMでSEMをやったので、SEMとOLSの関係、SEMとANOVAの関係も分かってくる。

決して必死こいて文献をあさったとか、そういうことじゃなくてね。

ま、料理に例えるなら、味噌汁と親子ドンブリって絶対に違いますね。でも、ある日、ふと、味噌汁に卵落として、なんとなくそのままご飯の上にぶっかけたら、味としては、親子ドンブリと同じっぽくなった、、、だから誰がなんといおうと、味噌汁と親子丼は、従兄弟だ、、、みたいな感じです。大阪の「料理の東大」の調理師学校の先生がなんといおうと、、、みたいな。

グローバル経済っていうけど、大切なのは、自分自身の中にあるものじゃないかと思います。体験みたいな、経験みたいな。

そういえば、統計モデルに関して英語で喋るならば、えんえんと喋れるように思います。

でも好きかといわれると困る。実際は、人に教えて分かってもらうとうれしいとか、巨大なデータをそれで処理して、簡単な情報にまとめたら、ちょっとだけうれしいとか、そういうのはある。

なぜ、今日、これ書いたかというと、

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/082/houkoku/1308375.htm

で日本人の英語を強化するには、生徒にグローバルの世界でいかに英語が大切かを分からせるとあり(提言2)、「グローバルな夢を与える」とある。そんなことしたら、英語ができたら日本から出てしまうではないか。

私としては、日本にいながら、自分自身を見つけ、経験をつんでいくのが良いと思っているからだ。英語喉だったら、日本にいながら、ネイティブ化できる(アメリカ人になるということではない。無理だしw、、日本人としてガイジン化するということ=本来の自分を取り戻すという意味)。

経済が悪いと職がないので、経験が積みにくい世の中だ。それなら、とりあえず、英語喉で経験つんだら?

きっと花開くでしょう。

 

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