今週末の英語喉ライブ テーマは「アメリカで働く」

まずはヨッシーさんが、国産ネイティブレベルに到達されているので、報告します。 http://kokusan-native.at.webry.info/201110/article_1.html ヨッシーさん、おめでとうございます!まず、MASA RADIOに出演されてはいかがでしょうか? 細かい点は、また音声にてアドバイスを近日中にしますね(例 WORKの発音)。 さて、今週末、日本時間の10月9日(日曜日)正午から1時間、英語喉ライブを放送します。テーマは アメリカで働く です。出演は、IHAさんとKENJIさん。ネイティブゲストは現在調整中ですが、複数のかたがたから、参加表明をいただいています。 私が英語喉ライブをするひとつの理由は、日本人が堂々と英語で喋っている、英語で絡んでいる姿を見せたいということがあります。 従来の日本人の考え方では、外国人にものをはっきりと言うのが、英語の、いや国際コミュニケーションだという固定観念があります。外人はものをはっきりいうと、日本人は思いこんでいます。しかし、それは、英語ができない人の発想です。いや、英語ができない状態が300年つづいた結果、染み付いてしまった考え方です。 だから、日本人が外国に行って喋るとなると、日本の立場を説明するとか、NOをたたきつけるとか、そういうことが多い。 実際は外人も日本人も同じです。周りを気にしながら喋っています。 不幸なことに、どんなに勢いよく海外に出ようと、口発音でやっていると、どんなに内容を用意していたとしても、外国人は、日本人のほうを、物理的な意味で、「むきさえも」しません。 これは私が透明人間としてアメリカで口発音時代10年以上、経験したことです。 ある会合でアメリカ人と私、そして日本から来たばかりの日本人が一緒になったことがあります。口発音で体から硬い印象、オーラを放つ日本人は立派な人です。内容的にも、非常にすぐれたものを持った人です。 しかし、アメリカ人たちは、いや、私ですら、その硬い雰囲気のする人のほうを、そもそも むいていないのです。 喉で発音している私は、たいしたことを言わなくても、仲間として会話に加わっていました。 内容以前の問題なのです。 もちろん、アメリカ人も常識人ですので、たまに、日本人に対して質問をすることがあります。ところが、その会話は文が単位なのです。 ~~~ですか? ~~~です、、、 という感じです。からみがありません。 ところが、仲間意識を持った同士の会話はからみます。以下はやや大げさめに表現したので、誤解が生じるかもしれませんが、、、こんな感じです。 あのさ~、あの通りの~右をまがったところにあるね…

自分を取り戻す方法としての料理

喉セミナーご希望のかたは、メールでお知らせください。日にちと時間は2,3、ご希望を教えてください。こちらで調整します。 さ~て、始まりました~~。クッちゃんと喉やんの英語教室です。今日の表現は、WHAT TYPE OF MUSIC DO YOU LIKE?です。英語喉の225ページにある表現です。MUSICのところを色々変えて言ってみましょう。英語喉発音記号では、 W_-u_-T/T-AI-P/P-u_-v/M-IU-Z/Z-i_-K/D_-U-Y_/Y_-U-L/L-AI-K (Lは本では小文字ですが、大文字のほうが見やすいので大文字にしました) [audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_04_2011.mp3|titles=kaz_08_04_2011] 直リンはここをクリック さて、英語喉パラダイムにおいては、自分をいかに取り戻すかというテーマが大きなテーマだ。これを「ガイジンになる」と私は表すことがある。 一つには、多くの英語教育者や、どちらかというと保守的な論者達が決まって、英語は内容が大切であり、発音を極めようとするのは、邪道だ、、、あなたはガイジンに、あるいはアメリカ人にそんなになりたいのか?と問うことに対する、私なりの「カラカイ」、「おちょくり」である。 はい、ガイジンに私はなります。ただし、日本人である私がガイジン化してもアメリカ人にはなりません。日本人ですから。 過去の自分を写真で見たときに、そこには、やせこけた若者がいる。栄養失調のようであり。私は、以下のことを実践することでガイジンになることにしたのである。 角刈り+たんぱく質補給+懸垂+ネイティブの標準姿勢(英語喉29ページ参照)を保つ なぜ角刈りなのか、なぜ懸垂なのか、などはすでに色々なところで述べている。 私にとって、ガイジンになるとは、本来の自分を取り戻すことである。 さて、私は、今日は料理に関してふれたい。うちは、健康ブームで運動がはやっているのだけど、この数ヶ月、私は料理を本格的に始めたのである。 それも、原始的なる料理を始めたのだ。どんなに原始的かというと、例えば、牛肉を買ってきて、それをフライパンに落とし、塩、コショウをするだけだ。 いや、本当にそれだけだ。それがきっと原始時代の食べ物だったと思う。 さて、英語喉が、いわば、従来の言語学、音声学に対するアンチテーゼだったと思うが、この原始的なる料理法は、料理にまつわる全ての言説への挑戦である。 我々は小さいころから、米をたくのでも、まずは、水につけて、何時間待てとか、炊き方にしても、最初はこうで、なかぱっぱだとか、色々聞いてきている。 実際、そんな方法で米をたくものなら、時間がかかってしょうがない。 そこで、私は、もっと原始的な料理法はないものかと考えたのである。日ごろから、ジーナが、強靭な体を作るには、肉を食うことが大切だと言っていた。 あるとき、ハンバーガーを作ってみたくなったので、ミンチを買ってきた。ジーナにアメリカ風のハンガーバーの作り方を聞いてみた。…

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