日本語を英語に訳すのではなく、心を訳せ(ということを真顔で言いたい)

さて、英語喉を直接教えていて、発音は、2時間でネイティブレベルにする自信がある。聞き取りは、人によって異なるのだが、この土曜日は、小さいッや、伸ばす音に惑わされない!ように指導して、音の聞き取りの成功率も精度をあげたい。このあいだは、最初はご主人に指導させてもらい、それで、その2週間後に奥さんに指導させてもらい、そのときに、「あれ~、聞き取れてる~~」といううれしい言葉を聴いた。しかし、この成功度を高めたい。

やはり直接教えるというのは効果が速い。日本で今英語喉を参考にしてくださっているのは、天満さんとYUMIさんだが、なかなかの成果を上げられているようでうれしい。もちろん、喉が開ききらない人も出るだろう。開く、、、という表現が正しいのか、、、日本語でするようにピコッって感じで緊張させない、、、ということなのだろう。もう、ご存知だとは思うが、念のため:

(天満さんもこないだ書いてはったけど、勝手に紹介しています。内容などは、ご自身で確認してください!)

教えるときのこつは、どれだけリラックスしてもらうかということではないでしょうか?こないだ、ジーナが質問を受けて、ネイティブは体に力が入っていたとしても、喉はリラックスしたままだと言っていて、ピンと来たのだが、ジムで体を鍛えているとき、顔をしかめながら、トレーニングしているは私だけだということが判明(前から気がついてたが)。で、ワザと、喉だけはリラックスさせて、腕立て伏せとかしてみたのだけど、これって結構、可能だし、きっとネイティブはそうしていると思う。

体の緊張が、喉(首の中のパイプ)に連動していないのではないだろうか???

これって、喉発音の練習になるかもしれない。腕立て伏せしながら、意識して、喉の力を抜き、ありゃ、喉に力を入れる理由ってないんだな、、、と。

さて、今日のテーマだけど、最近、聞いていて、あれ、それ違うんじゃないかと思う言説だけど、英語を喋るときに、日本語の細かいニュアンスも訳す、、、とか、「よろしく」は英語でなんと言いますか?とか、日本語にあるけど、英語になりにくいことをどういうかとか?

TWITTERで、よく、これはこういうみたいなのがある。どれもこれも、日本語から英語になりにくいもの。例えば、「つーかさあ」をどう言うかとか(今、これ例として作ったのだ)。

そういうのは、日本で英語を勉強する立場だと、覚えにくいし使いにくい。

さらに、日本語があって、それを英語に訳そうとするやりかたは効率が悪い。

もっと、言語になっていない、体、心のなかにある原始的な意味のようなものを英語にするとよい。例えばですが、アメリカに来て、英語が得意でない人が、子供の学校に行き、アメリカ人と交わり、そのあとで、「よろしく御願いします」と言いたいとする。

でも、それは、日本で社交辞令用の言葉であるところの、「よろしく」を訳そうとしている。

そういうときのコツだが、一体、じゃあ、アメリカ人が何を言っているのかを観察。よろしくとか言っていないと思う。

そういう決まり文句を日本語から英語に訳そうとするのでなく、日本語で、、、というか言語はとりあえず、横においておいて、体、心、頭の中に、抽象的にある意味を大切にする。

すると、言葉じゃないけど、「また会いましょうね」とか、「息子の友達になってください」とか、そういう意味の塊が心のなかにあるはずだ。

その意味を英語にするのである。

日本語を介入させずに。

今、例えば、頭の中をからっぽにしてほしい。実験で。そして、意味が浮かんでくるのを待って欲しい。それは例えば、「え?どういうこと?分からんなあ」という不安の気持ちが浮かぶかもしれない。あくまでも言語になっていない気持ち。

それを英語で言うのだ。

トイレ行きたいと思うかもしれない。それは体で感じることだ。

その原始的な意味を英語にするのである。

会話のとき、う~ん、この理由を分かって欲しいという欲求が、言語を解さず、心のなかに生まれるなら、そこで、BECAUSEと言うのである。

日本語を英語にするのはやめよう。あえていえば、心を英語に訳す?のだ。

この観点から言うと、むやみに、語彙を覚えるのはよくない。

例えば、CRITICIZEという言葉がある。批判するという意味だ。しかし、そういう言葉を使う前に、体、心できっと、「好きくないなあ」という何かに対する嫌悪感を感じているはずだ。

その心を英語にするのだ。

そうすれば、CRITICIZEなどという単語を使う必要はなくなる。

え、じゃあ、CRITICIZEという単語をどうやって覚えるの?となるが、上のように心を訳すという会話方法をしておれば、自然に英語を覚えてくる。会話力も増す、、、そのプロセスのなかで難易度が高めの単語も自然に覚えてくるのである。

まずは、喋ろう、会話しよう、友達を作ろう。英語を使おう。

そして後から語彙力が勝手についてくる。

もちろん、語彙を増やすのが楽しい場合は、それはその楽しさを生かすべきだと思う。TOEICやGTECなどの試験を、やる気のきっかけにするのもありだと思う。ど

でも、とにかく、心を英語に訳すというやりかたは、相手がいないと無理だぞ。いや、上は理論的っぽく書いていたが、相手がいれば、友達がいれば、心を訳すというのは、自然に起こることなのかもしれない。

私自身は、そういえば、大学時代から外国人の友人が多かったので、上のことを、あまりにも当たり前のように実践していたように思う。

大学のとき、一度だけ、いわゆる決まり文句を覚えておいて使ったことがある。NHKのラジオ講座で、期待に沿う、LIVE UP TO ONE’S EXPECTATIONと習った。アメリカ人の留学生を清水寺に連れて行って、そこで、その単語を使ったら、YESと言っていた。でも、なんか、ぎこちない感じだった。別にHOW DO YOU LIKE IT?でもよいからだ。

暗記したものを、その場面が来るのを待って、使うというのは、非効率的だと思う。使い勝手が悪い。

上のことをアドリブ英語で喋ってみました。

www.estat.us/blog/imi.mp3

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