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ギターの先生にモードというのを教えてもらって衝撃を受けた。

ギターの先生にモードというのを教えてもらって衝撃を受けた。

ドリアンとかリリアンとかおいしそうな名前がついているのだけど、名前はどうでもよくて、例えばキーがCだと、そのCをFと思いこんで弾くと、リディアンになる(Cからファ、ソ、ラ、、という風に弾いていく)。Dだと思い込んで弾くと違うのになる。

さらに衝撃を受けたのは、マイナー(短調)と言われているのは、そのモードの一つでCをラと思って弾けば良いということになる。

じゃ、メジャーとマイナーという分け方自体が崩壊してしまうことになります。マイナーはモードの一つにしかすぎないということになります。

自分はピアノを6年、7年ぐらいとりましたけど、なぜそのことを先生が教えてくれなかったのだろうか、、、。

実際に、モードを使って色々アドリブすると、エギゾチックなメロディーになってびっくりです。

「異邦人」の歌のメロディーみたいな感じ。

英語喉とか、「英語の勘シリーズ」もおそらく同じようなことだと思う。見方を変えてみると、激しく単純なシステムが隠れていたということ。

それにしても音楽の場合は、最初に言ってくれよ~と思います。

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直接指導喉セミナーをご希望のかたは、 http://nippondream.com/eigonodo/semina さて、大津由紀夫先生のサイトに、慶應義塾大学英語教育/言語教育シンポジウム http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/ という企画の告知があって、実際にプレゼンテーションされるかたが紹介されている、だけでなく、PDF形式で簡単に内容も読める。 江利川先生は、歴史的に英文法がどのように教えられてきたかということのレビューをされている。 http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/files/i/2011/2011-09-10%20Erikawa.pdf ただ4ページで、日本がコミュニケーション重視になったから、文法を軽んじているという主張は、いきすぎではないかと思う。実際に、データに基づいていないように思われる。それを主張するのであれば、インタビューであるとか実際の授業観察をし、データをコーディングしてからにするべきであろう。ただ、以下の引用がある。 斉田智里(2010)によれば、高校入学時での英語学力は 1995 年から 14 年連続で低下し続け、下落幅は偏差値換算で 7.4 にも達する。 私は教育研究の専門家であり、仕事で、教育の研究を評価している。またこのかたが使われているラッシュモデルというのもやっている(GOOGLEでRasch modelと打てば私の説明がWIKIに続いてランク2位として発見できる、、、これ。)。 このようなCLAIMができるデータが日本に存在するとは思えない。昔と今の全国のランダムサンプルなんてありえないと思うが。また、項目反応理論的にも、EQUATINGなど無理じゃない?そんなデータあるの? 実際にこの論文を読むのにはどうしたらよいのだろうか? <後日談 英語喉実践者のかたのご協力でこの博士論文がゲットできました。読んでみると、日本全体のデータではなく、茨城県のデータでした。また、リサーチの目的も、心理統計モデルを使って、こんなことできるかな、過去のデータを使えるかな?という実験的、メソッド的な試みに私には読めました。さらに、方法論の描写を読んだのですが、過去のデータの個人レベル+テストアイテムレベルでのデータ(つまり心理統計学をするのに必要なデータ)を使ったのかどうか分かりませんでした。 この論文を使って、日本人全体の英語力が下がっていると主張している先生への感謝の言葉などがありましたので、お知り合いのようです。> 斎藤兆史氏は、以下のPDFファイルで http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/files/i/2011/2011-09-10%20Saito.pdf ジャズの即興演奏は、ジャズの理論を頭で覚えるところからはじまるのであり、理論も知らずに「シャワーのように」ジャズを聴き、ジャズっぽく楽器をかき鳴らしたところで、即 興演奏などできるようになるものではない…

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ぐぐったら英語喉革命さんが、国井氏のサイトを引用されていて、国井氏が、英語は頭で響かせるということを言っておられる。 http://www.lingualite.com/blog/?p=386 実際、アメリカ人の声楽家に聞くと、確かに頭を響かすというような表現をするのだけど、それは前提として、根本的に首のほうを響かしている(つまり喉発音)だから、喉・首のほうは、何もいうことがないわけです。 日本人が歩くときに、右足を出し、左足を出しという感じで歩きますが、当たり前ですから、「衝撃の事実 歩くときは足を交互に出す!」とはいいません。 それと同じで、ネイティブの声楽家が、歌うときは頭を響かす、、、というとすると、だからと言って、英語での声帯のあたりの使用は関係ないということではありません。 国井氏が以下のように述べておられます。 >英語はのどで発声するんだ、と主張する人もいるようですが、それは間違いです。のどで声を出すと思っている限り、高い声は出ず、浪花節のようにのどから絞り出した低いしわがれ声になってしまいます。これは表面的にはよさそうに聞こえるかもしれませんが、素直に明るく響く英語の声とは違う押し殺したような声で、結局はまがいものです。 これは英語喉に関する点だと思いますが、これは誤解だと思います。 まずは、私自身は、英語喉で、音程が上にも下にも広がりました。 それから「英語喉」は本のタイトルです。 英語喉だから喉に力を入れるとかいうことじゃないんです。 実際、英語喉では、確かに喉発音と言う言葉を使いますが、実際は、首の根元から口の出口までをリラックスさせて、首の全体を響かせてくださいということです。さらに、頭に力をいれてくれと言っていませんから、結果としては、頭のほうまで響くことになるかもしれません。 首の力を抜いて、頭に力を入れるというのは、非常に困難な技です。 くるぶしに力を入れて、ももに力をいれるなと言っているのと同じです。 そのメソッドが正しいかどうかは、それを言っている人がアドリブで英語ができているかということにかかっていると思います。 というのは、そのメソッドが実際にFUNCTIONALかというのは、それで分かるからです。ネイティブが使っているメソッドと同じであれば、ネイティブのように、それを使って話せなければいけません。 個々の音を出すのには役立ち、また、止まっている字を読むには、役立つけど、実際の会話となると、情報過多となり(このときはこう、あのときはああ、音程をここで上げろ、下げろ、強く読め、弱く読め、、、)、実際には使えないとなると、メソッドとして、何か間違っています。 さらに、そのメソッドを使って成功している人がいれば、信憑性が高まりますね。 ちなみに、私が、硬い発声の人の声を聞くと、「喉声だな(喉を力ませてしまっているな)」と思います。 英語喉は喉から声を出すという言い方をしますが、それは、喉を力ませるということではありませんし、また、喉だけを鳴らすということではありません。 英語喉は本の名前です。 ただ、英語喉と言うタイトルでよかったと思います。 日本人の英語の発声を理解するポイントは西日本VS東日本だと思います。 英語喉が「喉声」だというのは誤解です。  …

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