従来のパラダイムにおいて、新しい言説形成の発展

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(A)  commencement
(B)  solutions
(C)  identities
(D) queries
 

従来のパラダイムにおいて、新しい言説形成の発展が起こっているので、紹介したい。

喉派の若い衆が、「音声UPせんかい」とすごんでいたこともあるわけだが、スペイン語の先生が、ご自身のスペイン語発音を単語レベルで紹介されている。たこ焼き村先生である。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktakuya/prefacio.htm

 

 

これは、とても素晴らしいことである。

聞いてみると、口発音パラダイムのなかではとても素晴らしい発音だと思った。しかし、口発音では対応できない子音の連続などは、やはり対応できていない。例えばだが、GLOBALという単語を発音するとき、指導としては、GULOとならないように、と先生は指摘されているが、先生もGULOと発音されている。

GULOBALじゃなくてGLOBALにしてください、、、というナレーションを聞かせていただきたとき、きつねにつままれたようだった。実際には、GULOBALじゃなくてGULOBALで、、、と聞こえたからだ。

よく考えると、口発音でGLをGULOにならないように読むのは不可能なのだけど、そこをスピードを速めることで対応されている。つまり近似値アプローチなのである。

そこで思った。たくさんの喉実践者が、喉ができるようになって、逆に日本人英語が分かりにくくなったという報告を受けている。

脳には、処理できる事柄に限界があるということではないだろうか?つまり、喉パラダイムで、本当の英語を本当の音色で聞き始めたときに、日本人が間違って、大切だと思い込んでいる項目、例えば、音程や、速さなどに、頭がいかなくなるのではないだろうか?

だから、先生が、「GULOBALじゃなくてGULOBAと発音して」とおっしゃっているのをきいて、狐につままれたような気分になった。

もう一つ、発展がある。それは、小川直樹先生が、ご自分で、自分の顔で、母音のときの口のあけ方の違いを示されていることである。従来は、ネイティブがやるが、若手の女性がすべて引き受けていたことだが、その先生は、自分で示されているのである。

http://www.alc.co.jp/eng/feature/100726/01.html

 

 

これは素晴らしい。

でも先生、やっぱり普通のネイティブはそういう顔で喋っていない、、、という点はやはり気になりませんか?

Answer: (D) queries 

 

Source: 

http://www.cnn.com/2010/TECH/social.media/07/29/facebook.launches.questions/index.html?hpt=T2 

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  1. カズ先生、いつもお世話になります。

    英語喉発音は、英語そのものを専門としていない私達のような者から、それぞれの分野における英会話のエリート達の新たなメソッドという形で、日本中いや世界中に普及すると良いですよね。
    それと、ヤクザや芸能人などの外道的な職業において、世界的に活躍する連中からでしょうか。

    今回は発音とは直接は係わらないかもしれませんが、カジュアルとフォーマル(ビジネス?)における英語表現の使い分けについて、少し質問させてください。
    たとえば、「お久しぶり」のことを、日本で普及している多くのフレーズ本では、Long time, no see. と必ず載っています。英語ネイティブも、そのように喋っています。
    しかし、ビジネスのような少しフォーマル的な場においては、It’s been a long time. などのように言う方が上品で無難であると、最近ある人から聞きました。
    ということは、発音自体も、御本の説明にあるように変わってくるわけですよね。たとえば、曖昧音の u_ を多用しないとか。

    この、英語を使用する場・シチュエーションによって表現を使い分けるということは、ネイティブの立場から言って、本当に重要なことなのでしょうか?
    日本語においても、当然、友達や家族向けと、他人向けの表現は違いますが、英語も同様に、注意することが重要でしょうか?
    そう考えると、あまり気楽に英語をネイティブとは喋れないような感じもしますが。

    よろしければ、ぜひご教示ください。

  2. ご紹介いただいているサイトの中で私は一度も global という単語を発音していません。

    上川さんと議論しようとすることの無意味さ、不毛さは身にしみて知っているのでここで議論するつもりはありませんが、言ってもいないことを言ったと書かれては迷惑ですので、ひとこと申し上げておきます。

  3. 失礼しました。GLOBALじゃなくて、GLOBOでした。GのところがGUになっています。

    早く、弱く読むと、母音が消えるわけではないようです。子音と子音をつなげるには、喉の奥でやらないと無理です。

    あと、他の部分ですが、ダブルRなのに、Rが2回以上、発音されています。

    あれは、間違いじゃないかな?と思って聞きました。

  4. > GLOBALじゃなくて、GLOBOでした。GのところがGUになっています。

    なっていません。
    ↓このファイルの8分32秒のところですね。
    http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktakuya/04_2_1.mp3
    [g] と [l] の間にいかなる母音もありません。

    > ダブルRなのに、Rが2回以上、発音されています。
    > あれは、間違いじゃないかな?と思って聞きました。

    「2回以上」ではなく「3回以上」とおっしゃりたいのですね、おそらく。
    スペイン語の rr は「r を2回発音する」という意味ではありません。
    ↓このページの、特に 1.2 と 1.3 をお読みください。
    http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktakuya/pronun01.htm

  5. ついでに、2008年12月4日(↓)の記事について。
    http://nippondream.com/estatus/wordpress/?p=354

    この無礼きわまりない記事を読んで以来、私はこのようなブログにコメントを残すこと自体が自らを卑しめることになると思って今日まで何も発言せずにいたのですが、先ほど禁を犯してコメントしてしまったので、ついでにこの記事についてもここに書かせていただきます。当該記事には直接コメントをつけられないようになっているようでしたので。

    # 上川さん自身に何か言いたいのではありません。どうせ何を言っても無駄ですから。
    # ここを見ている他の方々に対して私が自分の名誉を守りたいだけです。

    この記事には私(木村=たこ焼き村)に関する以下の3つの主張が含まれているように読めます。

    (1) スペイン語の g を後舌面と軟口蓋を密着させずに発音することがあるという事実を、木村は『英語喉』を読んで初めて知った。
    (2) 木村は『英語喉』を読んで音節の重要性に初めて気づいた。
    (3) しかし木村は(1), (2)を認めることを恥と感じ、あたかも『英語喉』を読む前から知っていたかのように振るまっている。

    3つとも事実無根の言いがかりです。

    (1) に関しては「通りすがり」さんが書いてくださったとおり、昔から言われていることを書いただけです。私のオリジナルな意見ではありませんし、オリジナルだという主張もしていません。

    (2) に関して。スペイン語を発音する上で音節がいかに重要であるかを私は常に強調しています。私が初めてNHKのラジオスペイン語講座を担当したのは1999年4月ですが、このときのテキストで、すでに私は重要表現の発音を音節に区切って記しています。

    「そんな古いテキストは入手できない」ということでしたら、私が発音表記チームのリーダーになった小学館『西和中辞典(第2版)』をご覧ください。すべての見出し語の発音を音節に区切って表記しました。この辞書(第2版)の刊行は2007年4月です。『英語喉』以前です。

    (1) と (2) が誤りなのですから、(3) は意味を成しません。以上。

  6. 英語喉は、喉の重要性とシラブルの重要性についての本ですが、あまりに喉の批判のほうにフォーカスをされていて、シラブルの重要性については、確かにありえるというような柔軟なコメントが出てこなかったので、私のほうに、「アンフェアだなあ」という気持ちがありました。

    またGのときに喉の奥が開いたままというのは、Gだけでなく、他の音でも同じなのですが、それがあまりにも新しい考えなので、先生がそれをおっしゃっているときに、びっくりしたわけです。もしスペイン語でもそういう風に、喉を開いたままの状態の音があるということを先生がご存知ならば、もう少し英語喉に対しては、理解を示されると思ったからです。

    また3ビートに関しては、確か、先生が、以前、スペイン語ネイティブはそんなことをしていないというようなことをおっしゃっていたと記憶していますが、どう聞いても、例えば、NO SEというときに、NOS-SEといっていますよね。さっきも自動車でスペイン語のCDを聞いていましたが、どう聞いても、子音が3ビートになっています。

    科学の世界では、シミュレーションとか実験という考えかたがあります。私が喉で発音し、例えばNO SEというのをNOS-SEと発音し、また、ダブルRに関してはRを2回だけをやって、私のスペイン語を録音して、ネイティブに聞いてもらえば、メソッドの正しさが分かるのではないかと思っています。RをRRRRRとやるのは、大げさに示しているときだけだと思います。

    音節は大切ですが、英語喉があきらかにしたのは、音節が正しくならないのは、意識とかの問題でなくて、口発音では複数の子音が音節内につめることが出来ないという点です。そういう意味で、先生が口発音ぎみで、GLOBOと発音されたときGとLが音節内にはいりきっていないと思うのです。それを先生は、GとLのところをできるだけ、すぱっと、また曖昧気味に発音することで、近似値的に対応されているのではないかなというのが感想です。

    あと、シラブルというのは、辞書によって決定されているのではありません。辞書の定義は、たしか、タイプライターで打つときに、単語が紙の右側ではいりきらなくなったとき、どこで切るかという決まりごとであり、実際の音声の現象とはずれていると思われます。

    もちろん、それまででも、特に、日本で英語を教えるネイティブたちが、シラブルに関しては、言っていたようですね。

    シラブルの存在は知られていましたが、まあシラブルを実践的にどう読むかということを発見したのだと思います。日本人にとっては、見えなかった部分でしょう。

    失礼極まりないというのは、確かに言えているので、今後、気をつけたいです。

    さて、先生の発音指導のコンテントに関する、他の点ですが、開音節と閉音節に分類されている点、私の感じでは、そう分類することの意義というか、実際に発音できるようになるうえでのメリットがよく分からないと思いました。

    (日本の英語教育の読解の授業の大半がそうだと思うのですが)、事後的に、発音の誤りを指摘して、説明を加えるのには、役立つのではないかと思います。ちょっと間違った生徒に対して、そこは、こうこうだからね?というように。しかし、もっと生成的に、それを気をつけることで、正しい発話をGENERATEしていくという点では、実際の使用はしにくいと感じます(「開音節と閉音節」という二項対立的言説戦略のことです)。

    <あまり意識しなくても使える知のみが、正しい「機能的な知」であると思うことがあります。だから、私はギターを演奏しながらでも喉発音や正しいシラブル分けができることを、実際に示しています。喉をだらーんとしておけば、自然と正しいシラブルになるのが味噌です。>

    あと、母音に関して、口の大きく開けるとか、小さめにあけるとか、横に広げるというような、英語の音声学の説明にでてくるような説明がなかったのが印象的です。スペイン語の母音は、日本語の母音でいけるために、そういうことは説明戦略としてCALLされないということでしょうね。となると、英語話者は表情は豊富で、スペイン人は表情が豊富でないということになりそうですが、そういうことではないでしょうね。