メタ言語要素の重要性

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さて、うちに今、広島の父と母が来ていますが、英語に挑戦しています。今日は、義理の父と母(=アメリカ人)に会ったのですが、そのときに、一つ気づいたことです。

母が、英語が通じているのにもかかわらず、途中でとまってしまうのです。まるで、相手に通じていないから躊躇して途中で止まってしまうような感じです。

原因は、日本語のコミュニケーションにおいては、相手がうんうんとうなずいてくれるのに対し、英語では、そうならないので、そこで問題が生じているようでした。

つまり、通じている英語を話しているので、そのまま話つづければいいのに、相手が、うんうんというかんじでうなづかないので、不安になって、言葉がとまり気味になってしまうのです。

英語では、どちらかというと、トランシーバーのような会話が普通であり、ある程度喋ったところで、相手が反応してくれるのが普通です。これは、kazy氏が言っていましたね。

日本語の会話はこんな感じです。

だからね、(相手、うん)

昨日ね(相手、うん)、

私がね(相手、うん)

という感じです。

英語では、昨日私は映画にいったんですよ~、、ぐらいのかたまりではじめて、相手が、うん、へえ~という感じ。

日本語と英語のメタ言語要素の違いです。

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音が聞こえる世界の楽しみ

英語の音が100%聞こえるということは、その他の言語でも、100%聞こえる、、、という主観の体験。 http://blog.with2.net/rank1932-0.html 多くの人に味わってもらいたいと思う。 今日は、エアコンの不具合の直すのに、ベトナムの人が来た。その人の英語で、シラブルに特徴がある。シラブルの最後が、微妙に上がる感じ。その上がり方も、歌を歌っているよう、やさしい感じ、なつかしい感じのメロディー、、こんなものの全てが圧縮したような感じ、、、が聞いて取れる。 シラブルといえば、0.5秒から1秒の世界だが、その中に、ドラマが入っていて、それが全部聞こえてくるのだ。 昨日は、中国人に会って、その人と私の間に、共通の知り合いがいることがわかった。その共通の知り合い(中国人)の名前はメンリーなのだが、それは英語読み。中国人の若者が、「マンリー」みたいに発音していた。 マンとメンだと、本当に0.5秒の世界に圧縮された音空間の違いである。 しかし、確実にこれが聞けるのだ。 シラブルの区切りを知っていること、、、つまり、マン、リーという具合に、二つの「つぶ」からこの名前がなること、、、これが、聞いたら分かる。 なぜ分かるかというと、子音ー母音ー子音が一塊だということを知っていれば、M-A-N L-I-Yというふうに実際に聞こえるからだ。 そして、その一つ一つのシラブルのなかに、山があったり、谷があったり。 これは、広島弁と同じなのだ。 きゅ~りゅ~もぐ は、キュウリをとるということだ。 きゅ~の部分と「九」では四声が違う。 りゅ~の部分と「竜」では四声が違う。 自分の方言と中国語が同じなのだから、中国語も気づいてみると、音としては完全に聞こえる。 そして、英語も同じなのである。 WHAT? という短い表現でも、前半が低く、深い感じがし、そこから音程が上昇する感じだ。英語喉の本では、発音記号の下に線を引くことで、このことを表している。一個一個の音でこれが決定しているので、一度覚えれば楽だ。例えばWは、首の根元で発音するが、この音は歌でなければ、必ず低め、深めで発音される。 WHATは、w_-a_-Tと英語喉では表記する。下線部のところを深く読めば、自然なシラブル内の抑揚が生じる。 それはWとAにあたる部分が首の根元で発音されるからである。 日本人は長い間、「英語がフラットだ」と呼ばれてきた。しかし、フラットなのは、標準日本語を喋る人の英語である。田舎もんが、あまり何も考えないで英語を勉強すれば、自然と、英語のシラブルにも抑揚をつけることだろう。 さて、大昔のBLOG記事をみたら、2007年当時でも、私自身の音声をUPしている。例えばこれだ。やっぱり、私自身、シラブルの中に抑揚をつけている。これは、英語喉をやっていたから、自然にそうなったということもある。が、広島出身だからそうなっているということが大きいのかもしれない。 もちろん、標準語しか喋らない人だって、意識すれば、できるようになるだろう。…

言語は音だ

言語は音だという点、、これが大切だと思う。 http://blog.with2.net/rank1932-0.html 聞き取りができなければ、音だけで英語を学ぶのは、怖い。聞いたとおり言えと言われても、もしかして聞き逃したままで単語を覚えたら間違って覚えてしまわないか?とか思うだろう。 しかし、実際、音が聞こえると、やっぱり聞こえる。さらに、音で覚えたほうが楽だ。特に英語は、つづりが音と乖離している。 つづりを先に覚えてしまったために、いつも正確な発音を忘れてしまう単語、、、 良い例が、「引き出し」に当たる単語で、今も、忘れている。単語としては長いのに、音では1シラブル。DRAWLとかいう感じの発音だが、思い出せない。 英語は音だという原点に戻り、できるだけ音で英語を勉強してみてはどうだろうか? WORDとWORLDの違い、、、音が聞けると、結構分かるものだ。Lがあるかないかの違いだ。そして、そのLは喉の中でなっている感じだ。従来の音声学では、まるで、舌を口のなかの屋根にうちつけるがごとくの描写をされているのに。喉をとじたままで舌を打ちつけようが、音には反映せず、ただ、単に音がこもるだけ。 音がこもると、聞こえない。 ミネアポリスの学会で、日本人の人とランチをして、英語喉をちょこっと指導してあげたのだが、そのかたが、「日本で帰国子女の友人がいて、彼女に、BORINGという発音を言ったら、全然伝わらなかった」とおっしゃった、、のだが、私自身も、その逸話を聞いたとき、その人が発したBORINGという単語が一瞬聞こえなかった。Rのあたりだろうか、ふっと消えたような感じで、聞こえない、、、 それはせっかくの音が、音声学の知識・実践のせいで、こもってしまい、聞こえないのだ。 その人は、英語の先生に、TOなどの機能語は弱く読むように言われたそうだ。ますます、言っていることが聞こえなくなるじゃないか! さらに、違う人だが、学会であった帰国子女の人と喋るときに、そのかたの英語が3秒に一回ぐらい音が消えるような錯覚が、、、たぶんRのときに舌を動かしているのかな? 大切なのは言語を音として扱うこと、、、そして、さらに、音、音色に含まれた相手の感情の変化なども聞く。 結構、できるものだ。 犬でもやっている。ほえている声の音色で、犬の気持ちが伝わってくる。 ギターの世界では「耳コピ」というのがある。楽譜などを見るより、耳で聞いて、それを再現すればいいじゃん、、ということだ。ドラムとかだと、もっと当たり前じゃないかと思う。 慣れると耳でコピーするほうが簡単。金もかからない。 英語って、お金がかからないほうの選択をとればとるほど、うまく勉強できるような気がする。運動とかダイエットに似てる? さて、BLOG人気投票よろしく! http://blog.with2.net/rank1932-0.html

小さなコツ 二つ

やはり教え続けていると、色々なケースに出くわす。 http://blog.with2.net/link.php?709532:1932 ひとつは日本語というのは、やはり特殊なのだろう。英語は、赤ちゃんが泣いているときの発声法とそんなに変わらない。しかし、大人が喋る日本語は、喉発音を元々しているひとがいたり、完全なる口発音だったり、小さいときから発音が悪いと注意されてきていて、実はそれが英語発音むきだったり、あるいは、注意されてきたから、それを直そうとして、口に力が入りすぎていたり、、、、。あるいは、日本語にもあるSが舌足らず的だったり。 さらに、地方によって、発声の深さが違ったり、、、。 極端に声が小さい人がいたり、、、。 日本語の発声のパターンは、日本語が、ある意味で、高度なのだろう。だから、その習得のレベルに違いがでてくる。 いろんなケースに出くわすなかで、最近は、二つ小さなコツを使いだした(この記事最後を参考に)。 さてっと、、、 先日、皮肉だと思ったこと。関西外国語大学の英語の先生が、Rの法則?という名前だったかな、、、で発音を指導していたのだけど、そのやりかたは、どちらかというと口に重心を置いたものだったので、正しくはなかったし、また、そこで紹介されていた日本人の発音は違ったものだった。 しかし、そんな感じで、一生懸命、ゲストのかたたちが、発音に取り組むなか、、、、アナウンサーのかたは、日本語を喉発音で喋っていたのだ。 完全な盲点になっていた。 まるで、現代哲学のよい例になりそうなかんじだ。 ミシェル・フーコーが、ベラスケスという人の絵をもってきて、そのなかの登場人物の視線がどうのこうのと論じて、それが、その歴史的時代のエピステーメー、解釈の原理を説明しているとか、そんな話をしていたけど、、、 「言葉と物」という本の第1章での分析だ。なんでも、奥のほうにある鏡にキングとクイーンが写っているとかで、実は、登場人物がその二人を見ている、、、みたいな話だったかな??? 見えそうで、見えないけど、実は皆に見えているもの、、、ってことだろうか?そして、そのキングとクイーンが実は主役。絵描きの人が、キングとクイーンの肖像画を書いているシーンなのである(、、、と思う)。 この番組は、まさに、今の日本の言説状況を理解できる内容だった。 http://www.youtube.com/watch?v=PqW7MxE1CG0&feature=related で、結局、誰も英語できないのではない?この教えている先生も含めて。もちろん、私はこの先生の英語を知らない、、、でも、私が分かるのは、本当に英語が分かったら、もっと英語をおもわず喋ってしまうということ(=例 英語喉ライブ)、、、そして、どうやって喋っているのか(=英語喉)、を伝えたくて、伝えたくてたまらなくなるということだ。 そして、実際、伝えまくってしまうのである(www.youtube.com/eigonodoを参照)。 さらに、皮肉なのは、合っていない英語の発音に対して、3人のネイティブジャッジが、今の発音OKって感じで、合格にしている点。日本に住んでいるネイティブのタレントさんも、日本の言説空間に放り込まれると、見えるものが見えなくなってくるのでしょう。 さらに、最も皮肉なのは、日本語のナレーションをしているアナウンサーのかたが、喉発音で日本語を喋っておられる点である! つまり英語の専門家に英語の発音を学ぶより、日本語を喋っているアナウンサーのかたの発声法に学べばいいのだ。 しかし、そのことに誰も気がつかない。 まるで、上で紹介したベラスケスの絵の主役が、登場人物ではなくて、鏡にうつっているから分かるキングとクイーンであることが分かりにくいように。 はやい話が、指導する前に、その指導する人が、まず英語が100%に近く、できるかどうかを問うべきである。…

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