英語と太極拳 太極拳師範Kさんの英語喉エッセイ

太極通信というニュースレターで英語喉を紹介していただきました。KKさん、ありがとうございます!

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英語と太極拳
KK(太極拳師範)

2011年夏にアメリカに来て、その後約1年が経ち、英語が大分上達しました。これは当然のことですが、単に慣れたからというだけではなく、あることを契機に一度に飛躍的に英語が上達したという体験がありました。その上達の秘訣は太極拳にも通じる点があり、皆さんにも紹介します。

語学の学習には「読み、書き」と「聞く、話す」があります。日本の英語教育は前者に偏っていたという反省から最近はかなり後者を重視するようになりました。しかし今でも、英語の「聞く、話す」の面(会話力)は世界的に最低レベルです。アメリカに移住して英語で仕事をしている人でも「ジャパニーズ英語」を脱却できない人がたくさんいます。優秀な日本人ですので、これは日本人の能力の問題ではありません。英語の読み書きのレベルは世界でも上位にランクされます。しかし、話すのが不得意なのは、日本語の発声方法、日本語の「声」そのものが英語とは「基本的」に異なることが原因だと言えるようです。話し方に関して従来の英語教育では、LとRの違いやthの音の作り方などを口の(舌の)使い方で説明していましたが、「声」そのものの出し方には注目していませんでした。「アメリカ人と日本人の声が違うのは当たり前」として、その基本的違いには注目しませんでした。しかしこの基本的「声」の出し方を変えるといっぺんに英語が上手になります。

皆さんも日本の街角や電車の中などで「外人」が話すのを聞いたことがあると思います。彼らが「ペラペラ」と流ちょうに英語を話すのは当然ですが、その「声」そのもの、声の「響き」が何か基本的に違うと感じたことはないでしょうか。確かに「外人」はまさに「響く声」を出しています。それは日本人が普段ほとんど使わない発声法なのです。しかし日本人も同じ人間ですので、コツが分かれば英語特有の「響き」を出すこともそれほど難しいことではありません。(実際、日本人でもナニ人でも、アメリカで生まれた人は自然に同様の声を使うようになります。)

ではその違いとはどういうことでしょうか。日本人はカタカナで書いた文字通りに、一文字ごとに喉の上の方で発音します。たとえば「ペラペラ」は文字通り「ペラペラ」と発音します。しかし外人(欧米人)はこれを「ペラペェーラ」という言い方になるでしょう。「刺身」も「サシミ」ではなく「サシーミィ」という言い方になります。逆に、外人は日本人のように「ペラペラ」「サシミ」と短く音を区切って発音することが苦手なのです。実はそこに秘密があります。

外国人は日本語式に一音ずつ「ペ・ラ・ペ・ラ」と音を区切って発音するのが苦手です。音を区切るためには、一音ずつ喉の筋肉を「締めて」発音する必要があります。もちろんこれも慣れれば外人でも誰でもできないことはないですが、ちょっと難しいことです。日本人は、日本語では、それが当たり前なので、空気があることを意識しないように、音を区切っている、喉の筋肉を締めているという意識がありません。では外人はどういう風に声を出しているかというと、音を区切らないで、一音ずつ喉の筋肉を締めないで、声を出しています。喉の、特に喉の上の方の筋肉を締めて音を作ると、「平べったい」音になります。日本人同士で話をしているとそれが当たり前ですので、「平べったい」という感じは受けません。しかし外人の声の中に混じるとその違いがよく分かります。たとえて言えば、外人声は喉全体から声を出すので「尺八」のボーッという音に、日本人の声は口の中の平たい音なので「ピッコロ」のような音と言えます。ピッコロの合奏の中に一人だけ尺八を吹くと、メロディーは同じでも際立って別に聞こえます。逆に尺八の合奏の中で一人だけピッコロを吹いた場合も同じです。同じメロディーだとは分かりますが、異質な音です。アメリカなど英語環境の中で日本人が話す英語は、後者のような受け止め方をされるようです。特に男性は、日本人としては普通の話し方でも、アメリカ人の中に混じると一人だけ平たいピッコロ声なので、異質であり、アメリカ人には聞き取りづらい話し方になります。また日本人声は浅く高い女性的な声であるため、男性の場合はその人の(人格の)印象が軽く受け止められて、損をするようです。

外人声では前記の「ぺー」や「シー」など山になる音の母音部はかなり喉の奥から発声されます。肺まで振動するような奥行きのある立体的な「音」「響き」で話をします。ちょうど犬が「グルルーー」とうなる時のような深い、しかし喉を締めない発声法です。疲れてぐったりして「あ″あ″ーーー」とため息をする時のような声に近いとも言えるでしょう。「サシミ」は「SA-SHI-MI」ではなく、中央の「SHI」音が山となりやや長くなり、前後の音はそれぞれほとんど一塊になって、「サシーミィ(saSHIImi)」というような発音に自然となってしまいます。一音ずつ喉を締めないので、前後の単語は自然に音がつながってきます。これが日本人には聞き取りづらい一因です。しかし自分でこの音(声)を作れるようになれば、単語力と文法力は別にして、とりあえず「外人」と同じような話し方(外人声)ができ、聞き取りもずっと楽になります。これは日本語を話す時とはかなり違った音の出し方で、日本人の感覚的には「こんな声で話していいのだろうか?」と思ってしまうかもしれません。日本人的にはすこし「だらしのない」あるいはちょっと「偉ぶった」話し方に思えるからです。しかし英語の場ではそのような文化的価値観を付与した意味合いはありません。単に、レストランのボーイでもカフェの女性でも、誰でもそういう話し方をします。声の質と身分の上下は関係ありません。(ただし、Will youではなくWould youを使うなど、敬語的表現は英語でも当然存在します。)

この英語的話し方はしかし慣れると却って楽な発声法です。日本語で話す時とは違って一音ごとに喉を緊張させることなく、力を抜いて喉をダラーっと脱力した発声法だからです。これに慣れると、「日本語で話すのは疲れる」という感じを受けるかもしれません。しかし腕でも足でも、どこかを「緊張」させることより「脱力」することが中々難しいのは、太極拳を習っている人にはよく分かると思います。しかしそれができると却って楽で気持ちよく、楽しくなってきます。

このことは実は私が発見したことではなく、ワシントン在住の上川氏という方が開発した新しいメソッドとして、同氏に直接教えて頂いたことです。「英語喉」というキーワードで検索すれば同氏の本やU-tube映像がヒットすると思います。

「掘ったイモいじるな」とは江戸時代の英語の教科書に出てくる言葉です。喉の力を抜いてダラーとした感じで「ホッタイモイジルナァ」と話すと、「ホワット・タイム・イズ・イト・ナウ(What time is it now?)」と一語一語はっきり発音するよりも外人にはよく分かるそうです。後者のようにきちんと発音しないと通じないという考えは幻想だったのです。喉を脱力して喉の奥から肺まで響くような声(外人声)で滑らかに話ができるようになると楽で気持ちよく、意思疎通の壁もなくなります。私はこれを「喉の太極拳」と呼んでいます。

この英語特有の声は響きのある、深みのある、ドスの利いたというか、腹に響く、よく通る声です。上川氏は「ゲップ声」とも呼んでいます。これは英語特有と言うようより、実はこれが世界標準に近いもので、日本人の「喉を締める発声法」が世界的に見れば特殊だというのが真相のようです。この英語の発声法は男性だけではなく女性も同じです。欧米ではこの脱力した滑らかな響きのある話し方が当たり前ですので、「きちんと」発声したつもりでも、一音ずつ区切った平たい日本語的発声法で話す英語は欧米人に中々理解してもらえません。また話を聞くときも、頭の中で我々が教育された「きちんとした」発音と照合して外人の話を理解しようとするので、中々よく話が理解(リスニング)できません。外人(ネイティブスピーカー)は日本人が無意識に想定しているような意味の「ハッキリした」発音で話をしないからです。言葉の「波長が違う」と言えるかもしれません。しかし「外人声」を出せるようになると、相手にもよく分かってもらえ、また相手(外人)の話がよく理解できるようになります。ラジオと同じで、「波長が合う」現象と言えるでしょう。アメリカ暮らしが長い上川氏は自身の体験として、以前まだこの発声法ができず「日本人英語」で話していた時は、会議などでその話す内容にかかわらずほとんど話を聞いてもらえなかったそうですが、この「ゲップ声」「外人声」を使って話せるようになったら、「アー」と一言発声するだけで皆さんに注目され話を聞いてもらえるようになったそうです。まさに波長があったのですね。

上川氏はこの外人声を出しやすいように立ち方も変え、リラックスして喉が楽になるように姿勢を伸ばして、若干かかとの方に重心をかけて立つようにしたそうです。すると気が付いたら靴のサイズが1センチほど大きくなっていたそうです。この立ち方で足の指が自然に伸び、靴のサイズも大きくなったのでしょう。声の出し方は立ち方、姿勢にも深く関係しています。声楽で姿勢をうるさく指導するのは当然です。姿勢は声にも性格にも人格にも影響します。太極拳でもその他武道全般では姿勢を大事にしますが、姿勢は技の面だけではなく心理・精神にも関係することです。「パーソナリティ(人格)」の語源(ペルソナ)はまさに「声」だそうです。

三重苦のヘレン・ケラーが「もし神様が、音か光か、どちらかを与えてくださるとしたら、どちらを選びますか」と聞かれたとき、ヘレンは「私は迷わずに音を選びます」と答えました。音(声)は光(視覚)よりもかえって人の魂を、心の響きを伝えるようです。どの言語にも優劣はありませんが、我々もできるだけその言語に合った「いい声」で話をしたいものです。

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