ハックせよ

<後日談 以下に書いた剣道についてのコツは、実際に試してみたら全然だめでした(笑)。私は、えいやっ、と踏み込んで、相手の面に当てるとき、届かないという感覚があり、悩んでいます。が、実はある剣道の先生の説明を聞いたところによりますと、相手がむかってくる瞬間、それを狙うのだそうです。相手が向かってきているのだから、距離が短くなるそうです。これを試してみます。>

この2週間、ぼけーっと過ごした。日本語から離れ、また堅苦しい思考法からも離れた。

そんなオフの時間が大切だ、、、なんてよく言うが、つきつけて考えてもやはり大切だ。

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バケーション(休暇)は大切だ。

つきつめて考える毎日のなかでは、思考が狭くなる。

ぼけーーーとしていると、え?というようなことに行き着くことがある。

今回、フロリダでは義理の父母といたのだが、義理の父とテレビでぼけ~~とボクシングを見ていた。

そこで、ついに私は剣道をハックするにいたってしまった。

ハックとは、ハッキングという風にいうのだと思うけど、例えばソフトウェアなどを外側から攻撃し、いじって、中を変えてしまうことだ。よく、日本の政府のウェブサイトが、中国からのサイバー攻撃で、内容を書きかえらせたりしてしまうことがあるという。

ちょうどフロリダで読んだ新聞に、日本から今、シリコンバレーに日本人の若手企業家・コンピュータプログラマーが集まっていると書いてあって、そこで日本人が「日本ではハックすると、非難されるが、アメリカでハックすると、もっとやれといわれる」と述べていた。

そんなもんかいなあ、、、と思ったが、ハックという言葉は気に入った。英語喉はハッキングであろう。

英語の音声現象を、喉の響かせる位置と、3ビート(シラブルの構造)で、説明しきる、そして、実践をする、、、という行為。これはハッキングに似ている。

そして、日本の英語教育では、いまだにアクセントの位置を覚えるだのどうの、、、ということで存続している。

さて、ボクシングだが、気がついたのだが、選手の左足が前に出ている。

剣道では右足が前に出ているのに。

そこで、わざと、左足を前にして、剣道の踏み込みをしてみた。

すると、なんと、新幹線が行きかうときのような、ものすごい勢いで前に進むことができた!

その瞬間、私は思った。

私は剣道をハッキングした、、、と。

これまで、私は、日本人の3人の剣道メート・先生たちに踏み込みについて指導を受けてきたのだが、どうしても、実践において、面をうったあとに、が~~~んと進み続けることができなかった。

それなりに良い評価をもらった。しかし、どうしても、合格点をとれない。

そこで、ある先生は、私が怖がっているからだとおっしゃった。

しかし、これはおかしい。私は全然怖くなかったからだ。いや、本能的に、相手から自分を防御しようとして、踏み込みが足りなくなるのか、、、とも解釈した。

しかし、意識的に、相手を怖がらずに、踏み込んでも、面まではよいが、そのあとに、ず~~んと進み続けることができない。

しかし、先生たちの踏み込みは、まるで新幹線が通り過ぎていくようであった。

ボクシングを見て分かったこと。それは、剣道において、自分と相手の距離は、私(=自分)の左足と、相手の面の距離だということだ。

剣道の練習においては、前に出ている右足と、後ろにひいている左足の間に、ある程度の距離がある。

しかし、この距離を最小限度にすれば、相手との距離が縮まることに気がついた。

あえて、左足を前に出してしまうならば、も~~と近くなる。

剣道において、そもそも、右足を前にするのは、それは、そうしないと、前に進んだときに体当たりしてしまい、都合が悪いからだ。つまり、これは自然な結果ではんくて、スポーツとしての剣道を可能とするうえでの要請である。

実施に、相手を真剣で倒さないといけない状況においては、右足を前に出すことが、ベストではないかもしれない。

これは、侍たちが、どう構えたか、を考えると分かる。剣道のフォームでちゃんばらはしない。

つまり武道が剣道としてスポーツ化する過程において、試合をなりたたせる要請として、右足を前に出すということが生まれたのだ。

私が剣道をハックしたと思うのだが、まだ試してはいない。が、今度やってみる。

ちょうど、はかまは足を隠してくれる。だから、私は、わざと、先生たちにばれないように、右足と左足をできるだけ近づけてしまおう。

そして、右と左がそろうぐらいまで近づければ、相手との距離(左足と相手の面の距離)が縮まる。

先生たちにばれないようにと書いたが、先生たちだって、これをしていると私は思うので、先生たちをまず、横からじっくり観察してみよう。

しかし、これははかまでかくした状態で行わないと、試合でいえば、審判にばれてしまうだろう。

私は、なにかスポーツをするときに、そのうまい、下手が、肉体的な強さに起因する割合が少ないと信じたい。

ある意味で、私は、肉体的な強さだとこれまで思っていたがために、体育があまり得意種目ではなかったのだろう。

剣道においては、たかが、目の前にいる相手に竹刀を当てるだけなのに、異常なほど、踏み込みが難しい。

これは、自分のせいではなくて、歴史的な剣道の言説・実践形成の要請に理由があったのだと考えると自然である。

もう私の頭のなかでは、剣道が上達している。

ちょうど、勉強をしていないのに、スペイン語がどんどん上達しているのに似ている。

さて、バケーションでぼけっとしていたおかげで、ボクシングをみて、剣道に応用できる、、、という知見を得たのであった。

残念ながら、次に剣道の稽古にいけるのは1週間以上後だ。それまでは、頭のなかで、剣道を上達させることにする。

GW大学の学生で、俺が踏み込みを勝手に指導したら(走るときのような感じで体重移動をさせて踏み込んだら?と勝手に指導してみたら、非常によくなったのだ)、とても喜んで実際上達したJ君がいるのだが、彼にメッセージを送り、先に試してもらうことにしよう。

我々が、知識、ルール、道徳、として信じているものは、それらが、正しいから、そういうものとしてある、、、ものに加え、実は、歴史的なる要請によって、とりあえず正しいとされていることがある。

そのひとつが、英語教育におけるアクセントの問題であったり、文法問題であったり、語彙問題だったりだろう。

本当の正しい知識なのかを見破る方法はひとつだ。正しいとされることをやっている人自体が、そのことができているか、、、。例えば、英語教育で言えば、じゃ、アクセントの位置を覚えている人が、英語ができるてるの?

これだけで足りる。

ちなみに「英語できてるの?」という問いに対して、「そのできているということの定義は?」とかえしてくるのが現在のパラダイムである。

私がハックしたと豪語している上の剣道のコツ、、、も、実際やってみて、私が(あるいはJ君が)相手の面をうち、そして、豪快に、相手の右側を抜き進むことができるかどうか、、、

つまり「できた」かどうか、、、これだけでよい。

 

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