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練習、暗記、準備の怖さ

我々はむやみにがんばりすぎていないだろうか。結局のところ、我々が(特に大人が)仕事や日常で使っているスキルというのは、仕事をしながら、経験のなかではぐくんだものが多い。
 

自動車の運転がまさにこの例だ。教習所で学んだことは1%ぐらいで、99%は体験でうまくなる。弁護士の仕事なども同じらしく、実践で学んでいく。
 

ところが、我々の学習文化には、あまりにも準備に熱を入れすぎているような気がしてならない。
 

英語学習がよい例だ。学習のための学習という感じで、実践の学習になっていない。
 

英語ができる立場から言わせてもらうと、やはり実践をこなさないと英語はうまくならない。とにかく会話を始めてほしい。
 

従来のやりかたは順番が逆なのだ。準備して準備して、結局、英語をマスターできずに人生を終えるという形である。
 

じゃなくて、会話を始めるのだ。そしてその会話で、あれ、あの単語、思い出せなかったなあ、こんな表現つかいたかったのになあ、、、とあとで後悔したものを、覚えていくのである。
 

従来のやりかたは逆になっている。単語、熟語を1000覚え、そして結局、その単語が使える瞬間を待っていたら30年ぐらいたっていた、、、と。
 

例えば、私は中学のときラジオ講座でLIVE UP TO ONES EXPECTATIONという表現を暗記した。それから20年以上の時がながれたが、一度もその表現を使ったことがないのである。
 

「頻出単語」という考え方もあまりに甘すぎる。自分に必要な単語から覚えていけばよい。周りを見回して、チェックしてみよう。自分の持ち物の英語が全部言えるだろうか。通勤通学時に、その日起こったことを思い出してみよう。英語で言うとしたら、どんな動詞を使うだろうか。
 

自分を自分の先生とするのである。
 

喉や3ビートも自分のなかであみだしていこう。駅の名前など、ネイティブならどう発音するだろうか。あなたの会社の名前、ネイティブならどう発音するだろうか。喉はどうやったらうまくなるだろうか。究極的には自分の体であるから、自分でコントロールするのである。
 

毎日やらないといけない、、、とかそういうことはいらない。逆に、喉+3ビートがマスターできれば、毎日試してみたくて仕方がない、、、という状態であるのがベストだ。
 

どうしても分からなければ、喉と3ビートができている人を探して、直接教えてもらうということも可能なはずだ。
 

昔、中学生のころ、私がなんかの用事でギターを持って、広島市のキサダ楽器店に行ったのだが(当時、電車で1時間半ぐらいだったと思う)、家をでるときに、父が、キサダでギターの指導をしてもらってきたらどうか、、、というアドバイスをしてくれた。だから、楽器店にいったときに、店員さんに、「自分のギターを弾くのを聞いてくれと頼んで」、デモをした覚えがある。
 

そのようなことを頼む中学生はどこにもいないと思うが、頼むと結構教えてくれるのだ。ひとつには、誰もそんなことを聞いてこないので、聞かれるとうれしくなって教えてくれる、、、ということがあるのじゃなかろうか。
 

今、職場で高校だけ卒業したインターンの人がいて、私と同僚に統計ソフトのSASを教えてくれ、、、と突然頼んできたのだが、私たちはなぜか、ものすごくそのことを気に入って、ちょっとづつ教えてあげることにした。
 

「自分を自分の先生とするのである」ということを書こうと思ったのに、なんかずれてしまったが、まあ、できる人に直接教えてもらうことを頼み出る勇気というのは必要のように思う。
 

そういえば、昔、母もこんなことを言っていた。先生や大人には甘えてもよいのだ、、、というようなことを。
 

えらくずれたけど、まあ週末なので、このへんで。
 

とにかく、ひどく繰り返したりするこは、やめましょう。英語を使いはじめることで、何を知らないかを悟り、それを覚えていってください。
 

あ、日本の学校にいるJETの先生、ひましてるみたいです。昔JETで言ってた人が言ってたけど、生徒が恥ずかしがって、全然よりつかんかった、、、と。先生の性格もあるんだとは思うが、思い切って、会話の相手をしてもらってはどうか。

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ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀

今日のトピックの一部を読みながら、即興英語で言ってみました。 http://www.nippondream.com/file/kaz_08_03_2011.mp3 [audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_03_2011.mp3|titles=kaz_08_03_2011] 実は、数ヶ月前から書いて見たいトピックがあった。それは「ちょっとだけ難しいほうを選ぶ」ということについて。 その前に、新しいコーナー、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」です。米国コンサルタント会社勤務の日本人サラリーマンのuさんが、昨日、通勤のため電車に乗ったところ、目の前の黒人青年の左腕に以下の刺青をしているところを発見しました。 「恐い」 なぬ~~??「恐い」と書いてあるのです。おもわず、じ~~~と見てしまいました。 アメリカ人が漢字で刺青を入れているのは普通ですが、普通は、漢字だけです。例は新活とか、わけのわからない組み合わせですが、uさんは、普段だと「日本語だと意味を成さないけど、たぶん中国語であるのかも」と納得するのですが、今回は 「恐い」 と、どう考えても日本語の「い」が書いてあります。 「すみません、その(恐い)という言葉の意味をあなたはご存知なのですか?もしかして、あなた、俺は恐ろしいぞ~という意味でそれ彫りました?じゃなくて、恐いは、scaredと言う意味ですよ。あなた、もし日本に行ったら、周りに大笑いされますよ。それでもいいのですか?あなたは、恥をさらすことになるんですよ」 とuさんは、心のなかで言う練習をしましたが、その青年がちょっとだけ恐い感じがしたので、実際には言いませんでした。 uさんが、よく見る漢字の刺青に「力」があります。しかし、uさんには、まず、それはカタカナの「カ」に見えてしまうのです。「ちから」じゃなくて。でも、この場合は、中国語とすれば、「力」以外の何者でもないですから、納得が来ます。 以上、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」コーナーでした。 さて、ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀ですが、何かをするときに、二つ選択があるとすると、ちょっとだけ難しいほうを選ぶとうまくいくのではないかということです。 私は、これを実践しているのです。というのは、人生を振り返ったときに、楽なほうばかり選んだのではないかなという思いがあります。ただし、楽なほうは、世間的には、大変だと思われていることが多い。 例えばですが、「暗記」というのは、世間的には、楽じゃないと思われている。でも、実際は楽です。考えなくてもいいから。逆に難しいことというのは、例えば、英語だと、ネイティブと喋りながら頭のなかで文法や語彙を自分のものにしていくことです。 これは、ちょっとだけ難しいでしょう。勇気がいりますし、本当に使える表現を自分で選ぶ必要があります。 中学校のときに、級友にたたかれていたことがあります。小学校のときから、いきなりたたいてきたりする人がいたので、その延長でした。 しかし、それは、小学校のときからよく知っている級友です。中学校で、他の地域の知らない生徒がたくさん集まったわけですけど、やはり叩いてくる奴がいるのですが、その場合は、「なんでお前にやられる筋合いがあるのか?」と思いますから、まず叩いてきた段階で徹底的に反抗が起こります。 いじめっ子達は、たたいたときに、反抗するかをチェックしているのです。 大学の1年生のとき、知り合ったばかりの級友が、会うたびに「巨人の桑田に似ている」と言ってくるのです。からかう感じで。そのときは、彼の胸倉をつかんで、ぶち切れてしまいましたが、それで、彼はそれを言うのをやめました。お前のことあまり知らないのに、なんで、そんなに大きく出てるの?という疑問だったのです。結構、楽でした。全然、勇気がいらなかった。一発でカラカイが止まりました。全然勇気がいらなかった。しかし、これが正しい行動だったのかな~~。疑問が残ります。 小学校のときからたたかれている場合ですが、これは反抗しないほうが、楽だったのです。その人には、家などの位置も知られているから、まちぶせなどされたら終わりです。だから、その場をしのぐために、がまんする。 がまんするというのは世間的には難しいと思われているけど、実は楽なのです。短期的にはね。 しかし、知らない奴がたたいてくると、これはその場で反抗するほうが、楽です。ほっておくと、大変なことになるでしょう。…

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さて、MASAさんが、MIXI日記でLANG-8の使い方を紹介されている。かならずしも、教科書どうりのものだけではなく、MASAさんが工夫されている様子が分かる。以下は、ライティングの練習だが、これはスタンダードな使い方のようだ。MASAさんが書く。ネイティブが無料で添削する、、、なんと夢のようなシステムだ。 http://lang-8.com/266050/journals/923043/The-Deadline-is-Almost-Here%2521 80年代に英語を勉強した私にとっては、英語の勉強は無料なほうが普通だった。留学生が助けてくれたからだ。今は、ONLINEでできるのか~~。 さて、昨日は、DCの日米協会のディスカッションイベントに参加した。日米協会とは、http://www.us-japan.org/dc/  に詳細があるが、アメリカ人に日本の文化を紹介したり、日本人とアメリカ人の親睦をはかる団体だ。 昨日は、地震と津波後の日本を語る会があり、15名ぐらいの参加者で、会長さんが、この機会を利用して、日本は変われる可能性があるのではないかということを話された。 地震と津波の件で、この機会を、日本社会の変革につなげるというのは、私にとって新しい視点だったのでとても興味ぶかかった。 昨日の英語喉革命さんのBLOGなどとも関連してくるのだが、日本は変わっていかないと今後大変だということを再認識した。 例えばだが、今回のことで、先週あたりから、原発が実はメルトダウンしているというのだ。いや、していたというのだ。それも最初のあたりからメルトダウンしていたという。 え???そんなことは聞いていなかったが、、、。 そもそもリスクに対応するさい、リーダーが60歳代というのは無理があるのではなかろうか? オバマ大統領は40歳台だ。私自身とそれほど年齢が変わらない。 日本の構造を変えないと未来はないのではないかと強く感じた。話を聞いていると、他の東アジアの国々は若い層を生かすかたちで、国際化に成功しているという。日本は全然変わっていない。 しかし、リーダーがなぜ60歳代かと考えると、我々日本人は、教育レベル、スキルレベルにおいて決定的に遅れがあるのではないだろうか?だって、本格的に経験をつみ、学び、、、としていると60歳ぐらいになってしまう。そもそも、中学、高校は暗記主義、受験主義、大学はなんだかわからない状態だ。 だから、普通の日本人が本当に役立つ知識を見につけるのは大人になってからだ。するとリーダー的立場になるのが決定的に遅れる。最近では大学を卒業しても、なかなか経験を積めて、スキルアップできる仕事がない、、。 一方で、オバマ氏などは、もう小さいときから、職業経験をつみ、さくっと弁護士になり、若いうちから経験をつみ、そして、40歳ぐらいでもう完成しているのだ。 アメリカのゲットー地域(貧困地域)の小学生が理科の宿題だと称して、仮説をたて、実験し、結果を出し、それをプレゼンテーションするからとポスターを準備していた(ちなみにこの少年はスペイン語と英語が当たり前のようにできる、、親がヒスパニックなので)。 一方で、私自身は、仮説をたてるなんてことをしたのは、25歳をすぎて、アメリカの大学院にきてからの話だ。いや、正確には修士論文をやっているあたりだから27歳、28歳ぐらいで初めて科学的な思考のトレーニングを受けた。遅すぎた。 日本人は、適切な教育をうけ、経験をつむ時期が遅すぎるのではなかろうか? だから、40歳台の人をリーダーになんて認識不可能なのだ。 さらに、日本のオピニオンリーダーも古すぎるように思う。 で、昨日の議論は、日本人は、もっと会社にガイジンを登用して、違った価値感を入れたらどうなのか?ということになって、私はふと思った。 日本人がガイジンになればいいじゃないかと。 そのためには英語喉しかない。英語喉で英語ができれば、日本人だって、ガイジンのセンスが学べる。外人になっておいて、そしてその感覚を戦略的に使うのである。 例えばだが、日本語で目上の人をクリティークするのは不可能のように思える。へりくだらないといけないからだ。しかし、英語なら簡単である。…

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