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上と下で反対だ

オンラインでスペイン語の会話練習をしようと思って、先生リストを見ていたら、ペルーのかたで、「下川」さんという先生がいたので、ただ単に、自分の名前が「上川」で、上と下で反対だ、、、というだけの理由で、先生を選びました。

とても良い日系の先生です。

知らなかったんですけど、ペルーの日系人も第二次世界大戦中に、収容所に入れられたとかで(米国に送還されたと先生が言いました、、、聞き違えたかも)、当時、日系人の間で、日本語を話したり、日系人会で活動するということが避けられてしまい、そのときの文化断絶がたたって、現在、日本語を話さない日系の子孫が多い、、みたいな話でした。

フジモリ大統領の出現は、想像を絶するほど、日系コミュニティーにとって、誇りだったでしょうね。

先生は「下川」の意味は知っていましたが、上川という意味は知らなかったので、逆だということを知らなかったみたいで、面白がってくれました。

ペルーで自宅待機命令がでていて、買い物以外は、出れないそうです。

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たこ焼き村先生が、スペイン語発音講座において、HOTELの発音のしかた、スペイン語のと、英語のを比べていらっしゃる。この機会を使わせてもらい、英語喉パラダイムと従来の指導法の違いを比較してみたい。 たこ焼き村先生のサイト http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktakuya/pronun01.htm の 番外編:英語の hotel とスペイン語の hotel とあるところ。音声ファイルを置いてらっしゃいます。 従来の方法は新しいものではない。私が同志社の英文科だったときに、音声学のクラスで似たことを勉強したとは思う。   先生が説明されているのは、HOTELという単語で、スペイン語のHOTELと英語のそれを比較されているが、私は英語の説明のほうに注目。   先生は、HOTELのO(英語のほう)はオウだとおっしゃっているが、これは、日本の辞書にもそう書いてあるし、私も以前はそう思っていた。しかし、ONLINEのウェブスター辞書には、単にOとされている。 実際には、このOは、オウではなくて、O(オ)だけなのだ。英語喉的には、。喉でOと響かせていうと、日本人が聞くと何となくウっぽい残響感が残る。そのウは、わざと言うウではない。   つまり、オウという二重母音は英語に存在しないということだ。 IPAのパラダイムでは、音を瞬間的にとらえる感覚がある。だからOにちょっと残響感があるならば、それをUだとして表現するのだろう。   次はTの発音。口のなかで、はげしく破裂させる感じは、従来の方法が教えるところである。実際のネイティブはそういう風にしていない。日本人が口の中で激しく破裂っぽくしないとTにならないのは、喉のほうが緊張しているために、首のパイプを楽器として、生かせないからだ。首のパイプを充分響かせておけば、舌のほうは、単にはずすという感じで充分、アメリカ英語のTが出る。   そして、Lの発音だが、先生は、HOTELのLは、舌が上につかないことがあり、舌のおくのほうが盛り上がる、、、と説明しているのだけど、それは事実と違う。それをするとホテウという感じになるが、やはり、実際の音とは違う。Lはウではない。   確かに喉をあけたまま、リラックスさせて、Lを発音すると、日本人が聞くとウっぽい音が聞こえるように思えるかもしれない(暗い感じがするかもしれない)。しかし、それはウといっているわけではない。   実際、文のなかでHOTELを言うとする。THE HOTEL ISとするならば、HOT-TEL-LIZという感じになるのが、その場合、全然、Lが暗い感じがしない。HOTELというと、Lが暗く感じても、HOTEL ISだとそう感じない。…

ジョンと25年ぶりの再会になる予定

クッちゃんと喉やんが、ジョンさんとカズさんの話をしているところを、カズさんが、録音しました。 [audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_01_2011.mp3|titles=kaz_08_01_2011] 直リンはこちらをクリック。 さて、今週は、とても待ち遠しいことがあります。それは25年前(1986年のこと)、私が同志社大学の1年生になり、学校が始まったぐらいの週に、出会ったアメリカ人の友人ジョンと再会できそうなのです。 今、DCになにかのイベントで来ているのです。ハワイ大学で教えているジョンは、20人ぐらいの学生をつれて昨日到着しました(まだ会っていない)。 京都の東山区、「せんにゅう寺」というとこに住んでいたのですが、同じ通りにアメリカ人が数人たまたま住んでいたのです。私はジョンに英語を教えてもらいました。銭湯が同じだったので、サウナのなかで英語をしゃべったり、、、やっぱり今思うと、おおげさな英語喋ってませんでしたよ。 遊びに行ったら、線香をたいていましたよ。仏壇でなくてね。そのときは、アメリカ人はすごい発想だなと思いました。ただ、線香をたいていたのが、トイレだったような気がします。ウンコの匂いを消すためだったのか、、、、記憶が薄れています。25年前のことなので。 ま、とにかく、大学1年のときであったアメリカ人が線香をたいていたのは、本当にびっくりした。(当時、同志社のウィリアムズ先生<ちなみに、先生は、評論家の竹村健一氏が若かりしころに英語を教えたとよく言っておられた>が、大学生協で、アイスコーヒーがないと言われて、コーヒーと氷もってきてくれと言ったのも、アメリカ人ってすごいなあと度肝を抜かれたのでした。それと同じぐらいのびっくり度でした)。 ジョンだけじゃなく、もう一人、ミネソタ出身の兵隊みたいな髪型をした青年もおりましたが、彼はミネソタは蚊が多いんだ~みたいなことを言っていた。だから今でも、ミネソタの人に会うと、蚊が多いんっでしょ~とか言うと、打ち解け度が一挙に高まります(笑)。 サウナで英語会話をしていたのでした。 ESSでスピーチの暗誦大会があって、当時、チャプリンの映画、独裁者からのスピーチが題材でしたが、彼に発音をチェックしてもらいました。大会を見に来てくれたのですが、後で、私がそのスピーチを「明るく」読みすぎたとの指摘。 今思えば、英語の「意味」と音が一致していなかったんでしょう。つまり、あのスピーチは重いテーマのスピーチです。でも意味を考えていなかったので、おもわず明るい感じで読みすぎてしまったのです。 私もジョンの手伝いをしたことがあります。京都の南のほうだったと思いますが、通訳として、在日の外国人のビザとかを管轄する役場みたいなとこに一緒に行ってあげましたよ。 その後、ジョンとジョンのアメリカ人の彼女(現在奥さん)は愛知県の西尾というとこに引っ越しました。英語学校に勤めていたのです。で、私は夏休みを利用して、遊びに行ったのでした。下は、たぶん、駅の近くの公園だと思う。 ジョンが西尾を発音するときに、ニ~~~シイイ~~オオオオウウウみたいに発音していたのが印象に残っています。今思えば3ビートだ! 当時は、葉書や電話でアポをとったんでしょうね。今と違って。 そこで、前にも登場した逸話ですが、ジョンの友人達のパーティーへ招かれたわけですが、そこにはアメリカ人が8人ぐらいいたのじゃないかと思います。中学、高校、大学1年と英語を勉強してきた私が、そのパーティで言われていることで聞こえた英語は一語だけ。 NO SHIT (「まじだぜ~」、、、という意味) だけでした。この言葉だけは、何回も、何回も聞こえました。 これはかなりショックでした。 でも、当時でさえ、私は同志社のESSの1回生でも英語ができると思われていたのですよ。さらに、上で書いたサウナ英語でも、通じていたし、私に対して言っていることは理解できていた。 ジョンが仕事中だったと思うけど、ジョンのガールフレンドとプールに行ったことを覚えています。そしたら、彼女が、「長いす」みたいなのに、どて~~~んと日光浴を始めましたが、その豪快さがガイジン的で記憶に残っています。 私は田舎者なのですが、広島の田舎のプールでは、どて~~んとプールサイドで横になっている日本人はおらず、ぎゃあぎゃあ、泳ぐのが目的でしたから、お~、ガイジンのやることは違う、、、と思ったのでしょう。 よく考えると、私とジーナが週末には、アパートのプールでどて~~~んと横になって(椅子みたいなのに)日光浴をしています。アパートの人達も、どて~~んと日光浴をしています。それと同じ光景です。 その時は、西尾がアメリカになっていた。…

文法が大切だという言説について

直接指導喉セミナーをご希望のかたは、 http://nippondream.com/eigonodo/semina さて、大津由紀夫先生のサイトに、慶應義塾大学英語教育/言語教育シンポジウム http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/ という企画の告知があって、実際にプレゼンテーションされるかたが紹介されている、だけでなく、PDF形式で簡単に内容も読める。 江利川先生は、歴史的に英文法がどのように教えられてきたかということのレビューをされている。 http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/files/i/2011/2011-09-10%20Erikawa.pdf ただ4ページで、日本がコミュニケーション重視になったから、文法を軽んじているという主張は、いきすぎではないかと思う。実際に、データに基づいていないように思われる。それを主張するのであれば、インタビューであるとか実際の授業観察をし、データをコーディングしてからにするべきであろう。ただ、以下の引用がある。 斉田智里(2010)によれば、高校入学時での英語学力は 1995 年から 14 年連続で低下し続け、下落幅は偏差値換算で 7.4 にも達する。 私は教育研究の専門家であり、仕事で、教育の研究を評価している。またこのかたが使われているラッシュモデルというのもやっている(GOOGLEでRasch modelと打てば私の説明がWIKIに続いてランク2位として発見できる、、、これ。)。 このようなCLAIMができるデータが日本に存在するとは思えない。昔と今の全国のランダムサンプルなんてありえないと思うが。また、項目反応理論的にも、EQUATINGなど無理じゃない?そんなデータあるの? 実際にこの論文を読むのにはどうしたらよいのだろうか? <後日談 英語喉実践者のかたのご協力でこの博士論文がゲットできました。読んでみると、日本全体のデータではなく、茨城県のデータでした。また、リサーチの目的も、心理統計モデルを使って、こんなことできるかな、過去のデータを使えるかな?という実験的、メソッド的な試みに私には読めました。さらに、方法論の描写を読んだのですが、過去のデータの個人レベル+テストアイテムレベルでのデータ(つまり心理統計学をするのに必要なデータ)を使ったのかどうか分かりませんでした。 この論文を使って、日本人全体の英語力が下がっていると主張している先生への感謝の言葉などがありましたので、お知り合いのようです。> 斎藤兆史氏は、以下のPDFファイルで http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/files/i/2011/2011-09-10%20Saito.pdf ジャズの即興演奏は、ジャズの理論を頭で覚えるところからはじまるのであり、理論も知らずに「シャワーのように」ジャズを聴き、ジャズっぽく楽器をかき鳴らしたところで、即 興演奏などできるようになるものではない…

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