音程を気にするなゆーとるじゃろ

喉的に面白いことがあった。

任天堂DSって知っとる?それをもっとる人がおったんじゃ。そのソフトで発音を点数化してくれるのがあるんじゃけど、その英語会話は初心者の人がやったら、80点ぐらいじゃった。

英語が読まれて、それを繰り返したら、画面の横のほうにXXみたいなんがでてきて(特定なソフトを特定できないように伏字)、XXXなセリフとともに点数を出すんよ。

で、わしにもやらせてくれーゆーってやったら72点とかじゃったからがっくりきた。で、共著者もチャレンジしたんじゃけど、もっと悪くて62点ぐらいじゃった。ネイティブがよ。ネイティブが。

つまり、その英語会話初心者の人が高得点で、わしが次で、ネイティブがドベじゃった。

で、もう一回やろういうてねえ、今度は音程を合わせてやったんじゃ。そしたら全員が満点じゃった。

結局、音の高さを測ってやっとるんじゃろうねえ(スピードもかねえ)。これは製作しとる人も、知っとるはずじゃろうねえ。ネイティブがやったらどうなるじゃろうか、というのは自然な考えかたじゃろ。

音程合わせて、英語発音がうまくなる、、、というのは、まあ音声学の伝統では百点満点の考えじゃけど、それがほんまじゃったら、英語の歌は理解できんなるゆーことになるよねえ。

この不景気なときに、特定のソフトを批判したらいかんとは思うんじゃが、この批判は、このソフトだけじゃなくて、事実上、英語喉以外、全部になるよね。思うんじゃけど、確かに効果のないものが市場にまわって、一瞬は、短期的な意味での利益は作られるとはおもうけど、その売ったもの自体が学習者の中に価値(人的資本)を作りださんと、非常にこまる状態になると思うんよ。経済理論的にも。

例えば食べ物じゃったら、カロリーとなって、食べた人のエネルギーとなり、さらなる経済活動に価値がでるよねえ(2次的な価値と呼ぼう)。英語喉も同じで、効果がでたら、その人の経済活動を助ける。効果のないやり方の場合、特に精神論をともなって、何回も練習せーゆーんじゃけん、2次的な価値がないどころか、その学習者の時間をも浪費するよねえ。とはいえ、普通の人は、そういうのは飽きるからすぐやめるけどね(ある意味で正しい)。

まあ、最近、色々仕事に役立っとるというレポートをもらうけん、うれしいわあ。それでこそ喉の価値、そして二次的価値があったゆーもんよ。

本だけじゃなくて、自分がやっとる仕事なんかでも、二次的な価値がでるような仕事をしたいのおとおもーとります。

従来の音声学の指導というのは、学習者のメソッドじゃなくて、指導する側のメソッドじゃね。指導を成り立たせるためのね。音程とスピードじゃったら、誰でもできるから、できているような気になるしね。本当のメソッドというのは、学習者が実際にできるようになるメソッドじゃろう。そして、そのメソッドは教える側も同じメソッドをつかっとらんといけんと思う。

最近、MIXIのコミュニティーでギター指導をはじめたんじゃが、自分自身がやっとることしか教えんよ。でも時々、教える側に都合のいいことを教えたい願望にとらわれるんじゃ。カタを決めて、それをくりかえしとけ!みたいなね。そしたら、楽じゃけんねえ。でも、効果がないと意味なしじゃけんね。

また従来の発音指導の人らみたいに、自分のやってないことを教えたくなる願望も時々あるんじゃ。たとえば、ギターは歌を作るための道具にすぎん、お前ら歌つくれ、、、みたいにね。わしが最近つくっとらんのじゃけん、そういうことは指導しちゃーいけんと思うとるんよ。自分で作り出したら、もっといおうとおもうとるけどね。

自分でできんこと、やっとらんことを教えるんは禁物じゃ。

でも教える立場に立つと、自然とえらそーにしたくなるのが人間ゆーもんじゃ、、、そういう自分を節するということこそ、真の頑張りじゃと思うんじゃがどー思う。

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2 thoughts on “音程を気にするなゆーとるじゃろ”

  1. 喉方式の二次的価値を経験している者のひとりです。批判者は音声学者が多いよ
    うでが、喉方式の普及としてはこんなものはどうでしょう。

    1、生徒に、喉方式の受講前に、リスニングのテストをうけてもらう。
    2、生徒に、喉方式のクラスを受講してもらう(一か月?)
    3、生徒に、喉方式の受講後に、リスニングのテストをうけてもらう。
    4、 1 と3 のテストの点数の比較をする。

    (注1) 1 と3 の テストは、同じ位の難位度だが、同一のテストではありません。
    違う年度のセンター試験のテストをつかって、2つのテストのスコアを偏差値にか
    んざんして比較。
    (注2)本当はスピーキングのテストを使えられれば理想なのですが、それは難しい
    かもしれませんね。
    (注3)批判をかわすためには、コントロールグループが必要ですが、これも難しい
    かもしれませんね。代替案としては、生徒に読解テストも受けてもらうのはどう
    でしょう。つまり、まず、喉方式はリスニング(スピーキング)に最も効果がある
    と仮定します。そして、生徒に喉方式のクラス受講前後で、リスニングと読解の
    テストをうけてもらいます。もし、生徒のリスニングのスコアの増加が、読解の
    それよりはるかに大きければ、喉方式はリスニング力の増加に効果があったとい
    える。。。
    のではなでしょうか。

    喉方式の普及に少しこうけんできましたらさいわいです。

  2. コントロールグループはBUSINESS AS USUAL(しかし何をもってそう定義するかな、、?)かNO TREATMENTか、、、。

    トリートメントグループは二つあったほうがいいと思っています。ひとつは本だけでやる。もう一つはコーチをつけてやる、、と。

    一つ、思うに、喉を経験する前のリスニングという作業と、喉を経験したあとの作業ではあまりに違うので、同じテストを使っても、同じ技能を計っているといえるのですかね。同じリスニングでも質的に違うもののように思います。

    実験できたらいいなあと思います。

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