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主観的脳科学の勧め

科学的に実験をしたり、、ということではなくて、自分で自分に問うことで脳科学?を実践することができると思います。そして、それから得た知見を持ってして、どういう風に勉強すれば効果が高いのかを自分で考えるのです。

どうすれば、語学学習が効果的にできるかというのも、以下に自分の脳を騙すかということだと思います。

自分の場合は、ネイティブと喋ることで単語の意味などが入ってくるので、フランス語や中国語は本で勉強しないようにしています。

相手がいれば脳が反応し、脳のチューリップが開くので(パチンコのチューリップのこと)、その時に、どんどん表現を覚えてしまいます。

自分はエレキギターをするので、エフェクターを使いますが、デジタル形式のエフェクターは使う気がしません。演奏のときにいちいち、色々な設定をいじるのが苦痛なのです。つまり、ギター演奏と、設定をいじるという行為が同時に起こることを脳は嫌うのだと思います。だから、自分はシンプルで押すだけのエフェクターが一番好きです。

ハーモニーシンガーというボーカル用のエフェクターがあり、これは理論的には私にとって非常に面白いものなのです。歌を歌うときに、勝手に、はもってくれます。でも、はもるためには、ギターの演奏をそのエフェクターに入力しないといけません。ギターのコードを分析して、ただしいハーモニーを追加してくれます。ところが、そういう行為自体が面倒くさいんです。

私の脳は、歌うという行為と、ギターをエフェクターにつないで、歌っている途中に、忙しいことをする、、のを嫌います。

この行為とこの行為は自分の脳的には合わない、、、ということを自分の経験を通じて理解してきます。これが「自分の脳科学」みたいな感じです。

英語学習においては、脳が新しい単語などを覚えてくれるときは、どんな時かを自分で突き止める必要があります。おそらく、ネイティブの友達と楽しく話している時とか、好きな英語の歌を歌っているときとかじゃないかなと思います。

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日本人の同僚

会社に日本人の同僚がいることにはいるのけど、話をしたことがあるのは2人。1月に本社のビルで働くようになって、その二人と同じビルで働いているのだけど、二人のうちの一人は名前とかを忘れてしまっていて、一体どこにいるのかよく分からない。もう一人のかたとは、面識度がやや高いのだが、今日、1年以上ぶり?ぐらいに3分ほど話をした。 1月の中旬から同じビルで働いているのだが、7階分ぐらい違うフロアなので、今日まで話す機会がなかったのだ。 いや、それでも、口発音時代だったら、同じ日本人同士だということで、おそらくランチをしたりディナーに行ったりしていたと思うのだが、私自身が喉発音になってから、日本人と一緒にとか、アジア系と一緒に何かをしなければいけないというような感覚がなくなったということが一つ。 もう一つ理由があるかもしれない。それは、その方の英語が、超喉発音で、ネイティブとほとんど変わらない英語を喋られているということではないかと思う。 つまり喉発音の日本人と喉発音の日本人が同じビルのなかで働いたとしても、お互いを日本人だからという理由でSEEK OUT(探す)する必要性がないということなのだ。 それはなぜかというと、喉発音をしていると、アメリカ社会に完全に溶け込んでしまうからだと私は思う。 その方の英語は、日本人でトップレベルだと思う、、、ぐらい英語ができる。 ものすごい喉発音だ。 英語が本当にネイティブなのである。その文法というか、英語の使いまわしもネイティブと同じなのである。 一体、どうしてそうなったのだろう(一応、英語喉はプレゼントしてあるが、それ以前から喉発音をされていた。) ちなみに、最近お会いしていなくて、ちょっと名前も忘れてしまった、日本人のかたも、本当にネイティブみたいなのだ。聞かないと分からないぐらい。でも、そのかたのほうは若いかただったので、帰国子女的な感じかなあと納得しているのだがよくわからない。 で、この話がどこに行くかというと、こういうことだ。 会社でものすごく少ない日本人が、当たり前のようにネイティブレベルであることは偶然ではないということだ。英語ができるから、日本に全く関係のない会社で働いているからである。 ちょっと話がずれているように読めるかもしれないが、ずれていない。 昔、よく、アメリカに留学するには、日本人の少ない町を選べというような言い方をしていたが、私の周りには、日本人がほとんどいない。 一体、存在しないのではないかというほどいないのである。 しかし、それは結局のところ、日本と全く縁のない普通のアメリカの会社にいるからだろう。で、いたと思ったら、その英語が、ネイティブと寸分変わらないのである。 これは偶然ではない。 英語が普通にできるから、アメリカの普通の会社で仕事をしているのである。 教科書音声学者が言っているように、強く発音したところをピックアップして理解しようとか、英語は強弱アクセントですとか悠長なことを言っていたら、アメリカ人との仕事のなかで、簡単な電話での会議でさえ理解できないのだ。 だって、仕事で言うことの全部が大切なのに、それを部分部分理解しようなんて、非常に厳しい。 私も同僚も、普通に英語が分かるから、仕事をしている。だから、私の周りには日本人がほとんど存在しない。 ところが、中国人の同僚はたくさんいる。 韓国人も、中国人ほどではないが、それなりにいる。 日本人は0に近いほどいない。…

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