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コロノスコピー(胃内視鏡検査ですかね)行ってきました。

IV(点滴みたいなの)をしてくれる人がパラグアイからの人だったんですけど、日系人で日本にも住んだことがあり、日本語で話をしていたら、麻酔の時間になったので、緊張しませんでした。

黒人の若い看護婦さんが、突然、日本語で「日本語が聞こえると思ったらどうしたんですか?」と声をかけてくれました。お母さんが日本人だそうです。

体重を測ったりしてくれる人はヒスパニックの人だったので、スペイン語で話していたら、なんとなく、周りの看護婦さんたちに受けが良かったです。

麻酔の先生がちょっとだけ、痛い感じがするかもしれませんよ、、と言ったので、「そういえば手がヒリヒリしますね」と言ったと思ったら、次の瞬間、妻に起こされまして、全てが終わっておりました。

ポリープがあったので切ったということでした。

前日の液体を飲むことに関しては、味が悪くなく、逆に、美味しいぐらいでしたので、大丈夫でした。

ちょっと不安なのは受付で、ポリープが発見されたら、保険の扱い上、予防用の検診ではなくなるのと書いた紙にサインさせられたことです。保険会社はどう考えるか知らんけど、自分たちの取り扱いとしては、SCREENINGでなくて、DIAGNOSISというステータスとなる、みたいなことが書いてありました。

予防用(=SCREENING)であれば保険会社が100%カバーしてくれると事前に確認していました。となるとどうなるのかな?と。

さらに、麻酔の先生は、その病院とは別だというのです。で、その麻酔の先生の分の保険はどうなるのか、サインした自体では分かりませんでした。

麻酔の先生のほうで、保険会社に交渉する権利をAUTHORIZEする紙にサインしました。よく分からなかったので受付で聞きました。

妻が去年、インフルで病院に行ったときに、2箇所から請求書が来たので、なんとなくイメージは分かりました(その時はコストが5000ドルで払ったのは600ドルぐらいでした)。

というわけで、保険が100%効くのか、あとで請求書が来てびっくりするのか分かりません。

あとポリープがあったので、その病院としては、予防・発見用ではなくて、治療という扱いになるわけで、これを保険会社はどう処理するのですかね。

最初の書類で、10年以内にまたやる場合は、予防用とはみなされないということが書いてありました。もちろん、保険会社がどう考えるのかは知りませんが、ポリープ切除があったので、また3年経ったら来いと言われました。したがって、3年後は、保険会社が払ってくれないのかなと思いました。

悪いところがあるとドツボにハマる制度なのかな?

ハラハラしながら病院に行くのは嫌だなと思いました。

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フラットトップ(角刈り)に出会うことで、私は、今、1ヶ月に2回もベトナムに旅することになった。え、どういうこと? いかに角刈りにして、アメリカ社会にますます溶け込めたかについては以前述べた。私はそもそも日本人の美容師さんのところにいっていたのだけど、そうすると、微妙にオバサンっぽい髪型になる。 そういえば、日本人の若い男性歌手などは、もちろんのこと(この場合は当然っぽい、、、意図的に女性っぽくしている)、政治家のかたがたを写真で見たりしたときに、微妙にオバサンっぽい感じがするが、髪型が原因ではなかろうか? そこで、フラットトップなる髪型に出会ったわけです。これで自信をもって、相手が初対面でも会話できるようになりました。日本では、角刈りで、相手を威嚇するためのヘアースタイルなのに、米国では、そのくらいの積極性のあるイメージのほうが受けるようです。軍人さんのヘアースタイルでもあります。 https://www.google.com/#q=flat+top いきさつについては、以下の過去ログを参考にしていただきたい。 http://estat.us/wordpress/?p=1214 さて、フラットトップとは、男性にとってミラクルのような髪型なのです。男というのは、床屋にいって、色々と説明するのが面倒くさい人が多いのではないか? フラットトップの場合、フラットトップにしてくれだけでいいんです。いや、確かに、髪の長さを指定するのだけど、その場合、バリカンのさきっぽにつけるプラスティック製のガードで、その番号によって、短さが違うのだけど、その番号を指定するだけでいい。 私の場合は、横の髪の長さ1です。1だと最も短くなります。1の下はスキン(スキンヘッド?)だそうです。 あと髪の硬い私(典型的な日本人)の場合、フラットトップだと、勝手に髪が立つので、整髪料がいりません。白人だと髪が柔らかいので、整髪料などで手入れをして、髪を立たせるのです。 さて、実は、すでに、会社の近くのベトナム系床屋で2回もフラットトップにしたのですが、2回とも違う男性でした。 そこで分かったのは、フラットトップは誰がやっても同じだということです。バリカンで、最初から最後までやりますが、10分で終わります。値段も12ドル程度(千円ぐらい)。 そこで私は、同じ床屋に行く必要性さえないということに気づいたのです。 さらに、ベトナムの文化も同時に学べることも分かりました。ベトナムラーメンのPHOというのがあります。F-u_-#と発音します。F-u_-w_という感じです。フォーといってはいけませんよ。その本当の食べ方を教えてもらった。ラーメンと一緒に色々でてくるんですが(ライム、チリ、2種類のソース、、一つはチリ、一つは牡蠣?の味がする)、それを全部加えて食べるのがコツ。選り好みしてはいけません! それを実践すると、辛いかんじになるけど、思っていたほどは辛くなくて、いい感じ。 ベトナム人の床屋さんが、「そんなに辛くならないよ~」と言ってくれたので、実践したのです。ベトナム料理はベトナム人が食べているように食べる。これこそが、郷に入れば、郷に従え、、、ですな。 先週末の土曜日は、そろそろ髪を切ろうと思いました。日本人の美容師さんにやってもらうオバサンカットだと、なぜか、行きそびれてしまいますが、フラットトップだと2週間たつと、見かけの切れ味がなくなってきて、行きたくなってくる。 私のやりかたは、ナビゲーターを使うことです。自動車につけるやつで、住所を入れたら、行きかたを教えてくれるやつで、英語ではGPSと言ってます。 それに、BARBERと入れます。すると近所のBARBERがリストされるので、一番近いやつを選ぶ。できるだけ名前が地味なものを選びます。サロンとか、そういうかっこいいめの名前がついているのは女性用だと思うので、ファミリーバーバーとか、そういう地味な名前を選ぶ。 会社のあるFAIRFAXというところでそれをすると、かならず、ベトナム人の床屋さんに導いてくれるのです。 こうして、私は1ヶ月に2回ぐらいベトナムに旅行するのであります。 この土曜日にたどり着いたのは、ベトナムの女性5人の床屋でしたが、客はミリタリー関係の男ばかり。これだっと思いました。 しかし、そこでも、フラットトップができる人は限られているようで、少し待ちました。 全然、英語が喋られていません。甲高い感じのベトナム語が飛び交います。…

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英語の場合、「うなづき」不要論

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