ゲップエリアに生卵があると思え 風船でもよい

以下は、 2011/05/07 09:22に書いた古いBLOG記事です。


SKYPEで指導させてもらったのだが、ゲップエリアの攻略において、困難を覚える場合、どう攻めるか、、、ということを深く考える機会となった。
a_に関して言えば、例えばMAPだとできるのにHAVEだとできない、、、という非常に面白い状態に直面したのである。
私の勘だが、MAPの場合は、どうしても唇のほうに関心がいってしまうだろう(実際は、これもあまりよくない)。結果、遠くにあるゲップエリアから力が抜きやすい。しかし、HAVEだとH自体をアクビエリアで出すということで、そこに集中力がいく、、、すると、直後のa_を言うときに、ゲップエリアの部屋が収縮しているのではないだろうか???
私の体感だが、ゲップエリアの部屋が少しでも緊張していると、ゲップエリアの音が出せない。
ゲップエリアに生卵が入っていて、ちょっとでも緊張すると割れると考えてはどうか?あるいは風船でもよい。
力むことなく、ふわっと広がった状態にしておく。
すると、ゲップエリア音を出すことができるのじゃないかと思う。
イメージトレーニングで、ふわっと拡張させる練習みたいなのを歩きながら、電車に乗りながらしてもよいのではないだろうか???
逆に、ゲップエリアの部屋自体が緊張ぎみだと、私でさえ、a_とか出ない。
そして、実際に喋るときには、そのゲップの部屋あたりで音をつなげるという感じにするといい。
英語喉をレッスンごとに練習するときは、アクビエリア、ゲップエリアと分けて練習するが、実際に喋るときは、ゲップエリアで音をつなげる感じがよい。
アクビエリアの音はゲップエリアでも出せるというのもある。日本人だと、ゲップエリアをねらってもアクビエリアどまりになってしまうので、ゲップエリアを狙ったほうがよいというのもある。またアクビエリアの音はやはりアクビエリア出だすのが楽なので、ほっておいても、そうなるというのもある。
首の底でゲロゲロゲロゲロという感じでつながる音を自分でも出すと、げろゲロゲロゲロという感じで喋る人の英語も分かってくる。
100%の聞き取りができない人は、この練習がとても大切だ。

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直接指導喉セミナーをご希望のかたは、 http://nippondream.com/eigonodo/semina さて、大津由紀夫先生のサイトに、慶應義塾大学英語教育/言語教育シンポジウム http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/ という企画の告知があって、実際にプレゼンテーションされるかたが紹介されている、だけでなく、PDF形式で簡単に内容も読める。 江利川先生は、歴史的に英文法がどのように教えられてきたかということのレビューをされている。 http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/files/i/2011/2011-09-10%20Erikawa.pdf ただ4ページで、日本がコミュニケーション重視になったから、文法を軽んじているという主張は、いきすぎではないかと思う。実際に、データに基づいていないように思われる。それを主張するのであれば、インタビューであるとか実際の授業観察をし、データをコーディングしてからにするべきであろう。ただ、以下の引用がある。 斉田智里(2010)によれば、高校入学時での英語学力は 1995 年から 14 年連続で低下し続け、下落幅は偏差値換算で 7.4 にも達する。 私は教育研究の専門家であり、仕事で、教育の研究を評価している。またこのかたが使われているラッシュモデルというのもやっている(GOOGLEでRasch modelと打てば私の説明がWIKIに続いてランク2位として発見できる、、、これ。)。 このようなCLAIMができるデータが日本に存在するとは思えない。昔と今の全国のランダムサンプルなんてありえないと思うが。また、項目反応理論的にも、EQUATINGなど無理じゃない?そんなデータあるの? 実際にこの論文を読むのにはどうしたらよいのだろうか? <後日談 英語喉実践者のかたのご協力でこの博士論文がゲットできました。読んでみると、日本全体のデータではなく、茨城県のデータでした。また、リサーチの目的も、心理統計モデルを使って、こんなことできるかな、過去のデータを使えるかな?という実験的、メソッド的な試みに私には読めました。さらに、方法論の描写を読んだのですが、過去のデータの個人レベル+テストアイテムレベルでのデータ(つまり心理統計学をするのに必要なデータ)を使ったのかどうか分かりませんでした。 この論文を使って、日本人全体の英語力が下がっていると主張している先生への感謝の言葉などがありましたので、お知り合いのようです。> 斎藤兆史氏は、以下のPDFファイルで http://www.otsu.icl.keio.ac.jp/files/i/2011/2011-09-10%20Saito.pdf ジャズの即興演奏は、ジャズの理論を頭で覚えるところからはじまるのであり、理論も知らずに「シャワーのように」ジャズを聴き、ジャズっぽく楽器をかき鳴らしたところで、即 興演奏などできるようになるものではない…

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