名詞を言う時の心構え

剣道ではやたらと面とかを打ちに行くのではなくて、まずは「攻めて」から(相手にじりじりと近づいたりして)、その後でメ~ンと行きます。


英語でも名詞をすぐに言ってしまうのではなくて、まずはAとかTHEとかを言っておいて、相手のイメージを固めておいてから、後で名詞を出す、、、ぐらいの感覚が良いのかもしれません。

もちろん、呼び名として名詞を言う時は、すっといえば いいですけどね。

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インターナショナルイングリッシュというのはよろしくない+i_ とu_の発音のコツの音声指導

さて、まず、高校3年生(今度、大学生)のDERWENTさんがBLOGをやっているので、紹介。 http://blogs.yahoo.co.jp/syadou005 なんでも、もともと喉発音っぽく日本語を喋っていたので、喉発音への移行が楽だったとか。そういう人は多い。アキさんもコメントしてくれているけど、中国地方、九州など、ピンとくるのが楽かも。そもそも、中国語みたいなシラブルで日本語をしゃ*べ*りょー*るん*じゃ*けん*のー。だから広島弁でタイプしても、漢字変換無理だ。 次にi_ とu_の発音方法のコツを説明した音声をとりましたので、参考にしてください。どちらともゲップエリアの音です。 コツはi_は、まず日本語のイを言っておいて、それをそのまま首の根元までおろしていきますが、根元あたりでちょっと言うのが苦しくなってきますので、楽になるような感じで響かせて、かつ音をマネながら、発音するとi_を言いやすいということです。u_も同じで、ウを下げていき、楽になるような形で響かせなます。音もまねる感じにしてください。楽になるような感じ、、、というのがなかなか説明しにくいです。 www.estat.us/blog/i_u_.mp3 さて、今日は、インターナショナルイングリッシュということについてコメントしたい。ポイントは、私は同意できませんということです。 まずは、まとめから。インターナショナルイングリッシュとはなんでしょうか? 先日紹介した、吉田研作先生の動画に説明がありました。英語にも色々ありますが、個々の独特な英語ではなくて、国際的なる英語というのがあるということです。 さて、http://www.youtube.com/watch?v=ElEeCyxAMCw&feature=related が動画です。そして、11分あたりから見てください。 ネイティブも含む多国籍の人達が喋るときに、生まれるべき、いや生まれる?英語がインターナショナル英語だということです。 アメリカ英語とか、イギリス英語にこだわるのではなくて、国際的に通じえる英語というのが理想という感じの論点です。日本人が、アメリカ人のネイティブの会話を分からなくてもしょうがないので、国際的に理解できる英語を確立?したらいいというみたいな感じです。 そして、吉田先生が言っているのは、日本で英語を教えているアメリカ人、イギリス人、オーストラリア人などが日本人の生徒に英語を喋るときに、だんだん、それぞれの祖国に特有ななまりなどがとれてきて、同じような英語になるということです。そして、吉田先生は、そのことを、「美しい」ことだとおっしゃっています(14分めあたり)。 私は同意できません。まず上のことですが、日本人に対して、アメリカ人やオーストラリア人の英語が似てくるのは、それは、ゆ~くり、単語単語に区切って、流動性をできるだけなくして、おおげさにしているからでてくる英語です。それは、知的レベルの低い相手、例えば、西洋においては犬に対して話すときの英語です。 そのような英語は、NHKの英語番組を見れば聞けます。チャロの番組とか、ハーフの人が出てきて、音程ががくんがくんと上がったり下がったりする英語です。 国際英語が要らない理由は、 1.英語が分からないのは日本人だけ 2.英語はすでに国際言語の要素を持っているので、すでに国際英語である という理由です。まず1から言ってみましょう。日本人が英語が聞けないのはただ一つの理由です。シラブルを単位で聞いていないからききとれません。 I am going to the station を…

私の持っている日本社会のイメージ 準備の文化

「準備の文化」で、ラッキーな人達が、ラッキーじゃない人たちに、「準備」という試練を課しているようなイメージを持っている。 例えば、大学受験だが、ラッキーにも大学で終身雇用のステータスで生活をしている人が、アンラッキーにも、その立場にない人(生徒)に試験を課すことで、試験料を徴収する。 もちろん、ラッキーな人達は悪い人たちではない。養う家族がいるので、家族のために、一生懸命働いている。 アンラッキーな人達も、生活がある。 ラッキーな人達は、「準備」を課すことで、その準備に必要なお金を徴収する。 しかし、その準備をしても、本当のスキルとか知識が、個人につくかどうかというのは分からない。 受験英語に関する言説はこの私のイメージにぴったりあっている。 大学受験準備を課す人達自身が英語が聞けず、英語ができず、、なのに、アンラッキーな人達を、ますます準備へ、受験英語の勉強へと導く。 就職活動も似ている。大学3年生ぐらいから準備を始める。 <本エッセイはTOEIC準備の批判ではないことを強調しておく。TOEICの先生たちは、いかにTOEICの試験を利用することで、英語力をUPできるか、、、ということを色々と研究、工夫されている。> しかし、これは搾取とはいいがたい。というのは、ラッキーな人達にも、生活があるからだ。ラッキーな人達は、家族を持てて、子供を持てるだろう。そうしたら、そうしたで、生活のために、がんばらないといけない。 実は私自身、社会学者として、社会統計学の本の執筆に参加したことがある。目的は、社会学も生き残るために、社会調査の資格をつくるということで、そのための勉強材料としての教科書である。 しかし、私自身は、そういう本を読んでリサーチスキルをつけたのではなくて、実際に、リサーチアシスタントとして、働きながら、統計学を使いながら、データをみながら、統計のスキルを身につけた。 SASという統計プログラミングにしても、本を読んでできるようなものではなくて、資格制度などあると逆に、習得の邪魔になるように思える。 しかし、私は、もちろん、本を書くことに参加することで、自分自身の経歴を強化することができる、、、つまり就職できる確立を高めることができるので、資格制度に反対するわけがない。 したがって、私も、社会統計学を勉強する人々の準備に一役買っているわけだ。 これは、必ずしも、良いことではない。 この準備の文化に対抗して、現在、世界で進行中なのは、YOUTUBE文化だ。 なんでもかんでもYOUTUBEに説明がある。例えば、私がもっている音楽用のMIXERの使い方など、中学生と思えるようなアメリカ人が、使い方を動画でもって示している。 全部、無料だ。 試験の準備とかとは無関係の世界である。 ただし、英語ができないと参加しずらい。 もちろん、日本語の説明もあって、私は、剣道の防具の洗い方など、まだ試していないが、参考になっている。 それにしても、英語ができれば、世界のいろんな国のYOUTUBE文化から吸収することができるだろう。 見て学ぶということになるが、そもそも知識というものはそういうものだ。字というのは、他にコミュニケーションの手段がないから、字になっているのだろう。…

英語喉で洋画を見るということ

英語喉SKYPEセミナー以下から申し込んでください。 http://www.doodle.com/rg3ikbt2ahgdfwyu まずは、MIKIさんが、国産ネイティブレベルに到達されているので報告します。 http://www.voiceblog.jp/elchan/m201109.html#1560162 実は、最初のころは、喉ブレーキはとれていたけど、あくびエリア付近にとどまっておられたこと、直接指導でできているにもかかわらず、自分でできているかどうか分からないとおっしゃっていたことなどで、やや不安材料がありましたが、ここまでよく向上されました。 もうひとつの不安材料は、もともとの日本語が非常に硬い感じだったこともあります。 菅原里奈先生のハローボイス、そして天満先生の発音セミナーにも参加され、また私の直接指導も2回経験されました。 どちらかというと最初からスムーズに行かれたのではなかったのでしたっけ?そのあたり、ご報告お願いいたします。 さて、本日のテーマは映画鑑賞ですが、それはこの週末にいろいろと見たということがあります。 まずは、ドライバーという映画です。ちょっと記事風に書いてみました。では、どうぞ! 日本語でドライブが趣味ですという時のイメージでこの映画を見ると腰を抜かすことになる。 主演はライアン・ゴスリン。スタントマンとし、自動車を魔法のように乗りこなす。物静かでほとんどものを言わない(その静けささえ、ゴスリンが演ずるとかっこいいので真似したい!)。腕の良い自動車修理工でもある彼は夜になると、犯罪者たちのドライバーとして、強盗の際の足となる。 パトカーを巻いてしまうテクニックは、警察の無線を傍受しつつ、相手の位置を知る、橋げたの下に隠れる、など、目から鱗!の連続。 隣人の女性を慕うが、その女性の夫が服役を追え、帰ってくるところから、血でを洗う闘争が始まるのでした。 記事終わり 英語のトレイラーです(最初は映画とは無関係の宣伝が20秒ほどあるかもしれませんが)。 後日談 やったもんさんのコメントに対応する形で私自身がこの動画を聴きながら、英語を繰り返してみました。 [audio:http://nippondream.com/file/kaz_09_20_2011d.MP3|titles=kaz_09_20_2011d] 直リンはここです。 英語喉をやったあとで映画を見ると、見所が変わってきます。以前は、字幕、あるいは英語を理解するのに大半のエネルギーを費やすので、細かい部分が分からず、注目するのは、大まかな話のすじだけ。 話として面白いかどうかで映画を判断してしまう。 しかし、英語喉をやってから洋画を見ると、話のラインはどうでもよくなってきます。 場面、場面のかっこよさ。俳優、女優の技量(現実ではありえないことでも、役者の技量で信じてします、、)。人生のいろんなテーマが扱われていることへの驚き、絵として、動画としての美しさ、かっこよさ、、、などなど。 すると、映画の評論家たちが、その映画に星を何個つけているかなんて関係なくなってきます。 例えばこの映画の主人公が、いかに運転するということに優れているのか、、、という点におもわず感動してしまう。自分自身も運転するときに、彼のようにクールに運転したいと思ってしまう。…

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