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反*内容主義

ちょっと宿題がたまっています。音声UPをされているかたへのコメント。明日、やります。喉1号さんの音声が半分はネイティブ、半分は(おそらく両唇音のときだと思うけど)口がまだ活躍している、、でも半分はネイティブになっているのがよいですね。全部がネイティブになったとき、誰よりもネイティブっぽい感じになりそうで、ダークホース的です。完成が楽しみです。その他のかたもちょと待ってください。

さて、今週はMAIさんが聞き取りが向上されたのですが、そのきっかけが、私がネイティブ風に読んだ日本語(内容は天下一品ラーメンの作り方)を何回もきいて、シラブル・3ビートのリズムをつかんだことだったそうです。

一方で、内容のある英文を聞き取ることで、英語聞き取り能力をUPなんて触れ込みの教材が多い。

逆ですね。英語喉のアプローチは内容なんて関係ない。ネイティブの子供が喋れるようになる過程で、聞いた英語の内容は関係ありません。

なぜ多くの「先生」が内容を重要視するのかというと、それは、自分たちが賢いのだということをアピールするためでしょう。というのは、英語ができなかったりするし、また研究論文がなかったりするわけですが、それでも英語教育に関して何か発言を求められる。すると、英語自体よりも内容をという発想になる。

私自身のスタンスでは、内容は誰でも持っているというスタンスです。たまたま、それが、「先生」の持っているものと違うかもしれません。「先生」的に見ると、日本の歴史を知らないといけないとか、そういうことでしょう。でも、それは海外に行ったときに全然英語ができず、たまたま一回、2回だけ喋ったむこうの大学教授が、それぐらいは通じるだろう、トピックとしてと思って、日本の歴史についてちょっと質問をしたのでは?三島由紀夫がどうのこうのと聞いてみたもの、別に本人が興味があったわけじゃなくて、たまたまでは?

それみたことか、海外では日本の歴史や文学に通じていないと尊敬されないぞ

と勘違いし、そういうことを日本に帰ってきて大げさに言っているだけだと思う。

内容は誰でも持っている、、、というのは、例えば、運転がうまいとか、歌がうまいとか、J-POPの歌手に関してならよくしっているとか、なんでもよいけど、

人間として長く暮らしていると、誰でも長所がある。いや、長所というか、なにか、もっと抽象的な性格に近いもの。

例えば、私だと、アルゴリズム的なことは長くやっていても楽。プログラミングとか、書き物とか。

そういうのは誰でも持っている。現代社会のテーマは、その自分を早めに知り、それをどうやって食っていくかに結びつけることだろう。好きなことにこだわりすぎるのも、気をつけたほうがよい。時代は変わり、マーケットは変わる。また、分野によって、搾取のされ方のきつさが違う。結構、やってみないと分からない。

*** 

英語教育において、「内容が大切だ」といわれても、気にしないことが大切。といっても、誰も気にしていないので、問題にさえならないか。

そういう意味で、私がラーメンの作り方をネイティブなまりで読み、内容は変だけど、それで、英語の聞き取りが向上されたMAIさんの体験は非常に貴重だ。

内容主義にNOを言うことになる。

内容主義は精神主義の一形態。

私のなかでは、中学生のとき、キサダ音楽教室でギター指導を受けたときに、先生が、私のYAMAHA SGをちょっと弾いて、私に返し、「先生が弾いたら音がよくなったと思わない?」とコメントしたときに、私のなかでは精神主義は終わっている(そんなわけないじゃろう、おっさんと思ったから、、、でもレッスンがとてもためになりました)。

あと、茂木さんのプロフェッショナルとかなんとかいう番組で、手術の名人が出てきて、アメリカで修行したときに、「技術を見て盗んだ」とおっしゃったのだが、おいおい、それ恐いは。英語が通じなかった、聞けなかったから、見るしかなかったんじゃない?恐い、、、と思ったときにも、精神論は音を立てて崩れました。

 

 

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喉の旅

これまで長く英語を勉強してきている人、使って来ている人は、喉革命後は、ゆったりとした「喉の旅」に出発することになる。 喉の旅というのは適切な表現ではないかもしれないが、とりあえずそう呼ぶ。「あー、あれはそういうことだったんだ」とか、「だからあのとき通じなかったんだな」とか、、、色々と思い出す。 最近、色々なところで、そんな話を教えてもらった。私自身にも非常に興味があることだ。どのように人々が、「喉の旅」を始めているか。 私自身の喉の旅を紹介するまえに、あることを書いておきたい。喉が20年前、いや30年前に発見されていたら、どんなに私自身の大学教育などが意義のあるものになっただろうか。20年前、授業をとっていながら、フランス語など本当にやる気がしなかった。MOTというのは言葉という意味だが、そんな単純な単語でさえ、通じないというのは、自分で発音していて分かった。大学院はアメリカのシカゴ大学だが、当然、英語で受ける授業など、苦労があった。 中学のとき、喉から英語を始めていたら、高校卒業までには、ぺらぺらだったはずだ。大学教育や留学などが本当に楽にできただろう。英語を単に道具として使い、勉強している内容を中心として吸収できただろう。 まあ後悔はそのくらいにしておいて、私の喉の旅の話をしたい。あー、だから通じなかったんだ、、、とか、そういう話だ。 私は、喉革命以前、非常に不満だったことがある。それは、自分がネイティブに何かを言っていて、途中で息継ぎのために、音の流れが止まったとき、まだ自分が話を終えてないのに、ネイティブがWHAT?(え、何?)と聞いてくることだった。今は全然そういうことが起こらない。あれはなんだったんだろう。 原因は、よく分からんが、一つには、例えば、その文がWHATと始まっていたとする。Wはゲップエリア発音なんだけど、前は口で発音していたから、Bに聞こえたのかもしれない。だからWHATで始める文でも、いきなりBATと聞こえていたのかもしれない。すると、ネイティブは文を途中ぐらいまで聞いたうえで、あ、BATじゃなくて、WHATか、、、と、後戻りして考えていたのかもしれない。 あるいは、単語を一つ一つ区切って発音していたので(3ビートをしらなかった)、文の途中でも、いきなり文が終わったと勘違いされていたのだろうか? あるいはただ単に口発音だったから、ネイティブが面食らっていたのだろうか。特に、目上の人に対して喋るときに、口発音がきつくなっていた。ボスなどと喋るときに特にWHAT?と問われたものだ。 日本語では、丁寧に喋るときに、口発音の傾向がますます強くなる。そのあたりが原因だったのだろう。 いや、息継ぎの仕方が悪かったのだろうか、、。そうに違いない。ネイティブは、まだ文が終わっていなければ、息を深くすうので、そのときに、息の音がする。だから聞き手は、まだ終わっていないな、、、と察する。私の場合、喉革命以前は、文の途中で、息継ぎのときに、鼻だけで息継ぎをするもんだから、スーという音がでず、それで、ネイティブは、「あれ、カズがいきなり黙ったぞ」と勘違いし、WHAT?と聞いてきたのではないか。 うん、そうに違いない。

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