言いたいことは書きつくした感じがあるがYES WE CAN!

機関銃英語から最近始められたかたは、このBLOGは、新しいものかもしれないが、右のメニューの下のほうで分かるとおり(2年間ほど書き続けている)、英語喉の出版は2年前なので、言いたいことは言い尽くしているような感じがする。

2年間、言い続けて残念なことは、教科書音声学の人の音声UPと動画UPが一つもないこと。唇を丸めてWを言うことを教えているなら、口を開いて特定の母音を発音をすることを教えているなら、それを5秒でよいから、文章単位で見てみたい。実際は、無理な話だ。音ごとに口の顎をこーしたり、唇をあーしたりなんて、気が散ってできるもんじゃない(私も難しすぎてできない)。ただ、それがUPされたとしても、こーら、それ日本語の口の動かし方やないかいと、野次をとばすかもしれないが。何億の動画をホストするYOUTUBEに規則的に、教科書どおりやっている動画が1枚もないのだから。

何億と存在するYOUTUBEの動画にでさえ、規則的に、教科書音声学が言っていることを実践している動画がひとつとしてないのだが、この点は、完全に無視されたままなことが残念だ。逆に、喉発音のほうは、どのYOUTUBEの動画を見ても、平たい音声でしゃべっている外国人は一人もいないことがわかる(日本語をしゃべっている外国人が極端なほど、口発音になっていることがあるが)。

教科書音声学は、日本語のあ、い、う、え、おと舌の動かし方を決定しているとしているが、実際、舌をそのように動かさなくても、ア、イ、ウ、エ、オの発音はできるわけだから、舌の動かし方自体が、音を決定しているのではないことは容易に分かる。

さて、平たい音の口発音だと、音の区別ができないのである。例えばLとRの違いなんて絶対に出せない(ちなみに、これまで教えてきてLとRが日本人にとって、喉発音さえすれば、一番簡単な音だということが分かる、、、地元で教えていて、できない人が存在しない)。三羽チャンネルにて、私がLとRの違いを示しているところを見てほしい。

最初は、西洋人の声が違うこと、私の英語がだいたいネイティブと同じであること(もちろん、ネイティブではないので、いい間違えることはあるだろうが、ここ違ったよとネイティブに指摘されれば、すぐに直すことができる)、などから、すんなりと分かってもらえるものだとばかり思っていたが、英語喉の効果というのは、自分でやってみてはじめて実感できるところがある。

実体験があるとすんなり入りやすいだろう。例えば、SEPTEMBERという単語があり、SE-PU-TEN-BERだと通じないが、SEP-TEM-BERなら、どんなにたどたどしくても通じる、、、などという実体験がある人には、3ビートははいりやすいだろう(どっかでそんなことを書いている人がいた)。

これで思い出したのだが、私は高校3年生のときに、その高校に見学に来たノースダコタの高校生と、運動場で話をする機会があった。級友とともに、しゃべりに行こうということで、私は率先して、会話をした。その時の会話で、マイケルジャクソンという名前は日本人はマ、イ、ケ、ル、ジャ、ク、ソンと発音しますと説明した。そのとき、英語では、マイ、ケル、ジャク、ソンって感じで発音するにもかかわらずと言ったことを覚えている。

そのとき、後ろを向くと、百人ぐらいの生徒達が取り巻きとなって、私とそのアメリカ人との会話を聞いていたのでちょっとびっくりした。

つまり高校3年のときに、なぜか、シラブルを直感的に知っていたということになる。中学のときから、基礎英語を睡眠学習していたので(朝、寝ぼけて、テキストをみず、耳で聞いていた?)、シラブルの感覚を知ってたのかもしれない。洋楽も熱心に聴いていたというのもあるだろう(1音符=1シラブル)。

字から入るとダメなのかもしれない。そういういえば、赤ちゃんが字から入って言葉をしゃべりだしたという話は聞いたことがないな。

さて、ノースダコタの高校生が来ていた日の放課後に、校内放送があって、歓談に来いというので、ある教室にまた同じ級友と出向いたら、社会の先生が、ぺらぺらとその人と英語を喋っていてびっくりした。なんでも、NHKラジオ講座を利用して、何ヶ国語もやっているとか。すごい人がいるものだと思った。感心した。その先生と話をしてみたいものだが名前を忘れた。

社会の先生は、面白い人が数人いた。テストで、欄をはずれて字を書いても、減点にしない先生が、いて、そのときはむちゃかっこいいと思った。夏休みの宿題は、かもめのジョナサンを読んで感想文だったが、それもかっこよく思えた。授業に来ない世界史の先生もいた。わけわからん。

英語の先生も、これでもか、これでもか、と英語のテープ(教科書)をかけていたのを思い出す。音声の大切さを知っていたのかな。中学で、定期テストでリスニングのテストがあったぐらいだ。中1のときだが。古臭いスピーカーから英語を聞いたのを覚えている。

さて、英語教授法の人に気づいてほしいことがある。一つは、英語喉をやると、ものすごく面白い授業ができるだろうということだ。結果がでるからだ。聞けるようになるからである。

もう一つだが、聞けて家さえすれば、教え方というのがそれほど大切ではないということだ。だって、聞けていえるなら、適当に文法をやって、その言語がしゃべられている環境に入れば、結構、うまくなる。

これまでは、聞けて言えないのが日本人だった。だからESLの教え方でこうしたらどーか、あーしたらどーかと悩んだのだ。(外国でESLに通った人がいれば、気づくと思うが、ESLのクラスをずっととっているのは、この世界で日本人と韓国人だけなのだ。聞けて言えないから英語がえらく難しいのである。)

じゃあ、ESL(英語教授法)がイランかという話ではない。聞けて言えるというのをばねに、内容を濃くすることができる。例えば、海外の高校生とオンラインで話をさせたりとか、プロジェクトをさせたりとかだ。

まずは、教える側が、聞き取り100%を経験してほしい。一度経験すると、やめられない。

聞けて言えれば、言語習得はそれほど難しくないのだ。

YES WE CAN!

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