がんばってがんばらない 留学編

留学に関する言説というのがあるのだが、これも基本的に英語をめぐる言説と同じ性質を持っている。   とにかく準備しろ、目的意識を持て、、、というものだ。   私は準備や目的意識はいらないと思う。少し入ると思うが、準備しすぎたり、目的意識を、日本にいるあいだに、持つと大損である。   だって、(アメリカ留学を設定として話をすすめるが)、アメリカに来て勉強するのだから、アメリカの地で、アメリカ人と同じやりかたで、どんなことを勉強するかを決めたいものだ。現地の人がやっているやり方でやらないと、現地の教育制度の優れている点を素直に吸収できないのだ。そのやり方とはアメリカに来てみないと分からないのである。   ある程度、身を運命に任せないといけない。   理由はある。アメリカの大学、大学院で教えられていることというのは、結構、その時代の要請を表している。その時代ごとに大切なことが、教授たちを通じて伝わってくるところがある。   私が以下に大学院の1年めを無駄にしたかをお話することで、話を具体的にしたい。私は日本において、「日本の高校のエスノグラフィー」をしたいと決めてしまった。そこで、日本にいるときから、いろんな本を読んでいたのだが、これも自己流の読み方で、やたらと難しい理論家ばかり読んでいた。お化けみたいな名前の理論家とかを読んでいた。フーコーとか。それが日本では社会学の勉強だと思っていたからだ(アメリカに来てみたら、そういうことはやっていなかったのでビックリ、、、社会学は死んだ社会学者を研究する学問ではなく、社会現象を研究する学問だったのだ)。   まあ、それはどうでもいいのだが、1年目はアメリカにいながらにして、日本の研究をしようと、日本に関係のあるクラスをとっていた。まだ日本にいるときに、日本のことを将来研究しようと、早くから決め付けてしまったからそうなった。   が、もう一つには、自分の知っていることのほうが、成績がとりやすいだろうという考えがあった(シカゴでは、大学生も一緒に大学院の授業をとることがあるんだけど、大学生のほうが、完全に当時の私よりも賢かったし、テストの点でも負けたので、愕然とした。まあ、それはどうでもよい。)   で、2年から、たまたま研究助手をする機会を得て、そこからちょっと変わったという気がする。でも、ものすごくがんばったというのではなくて、その仕事に必要だから、統計学をやってくれとか、SASというソフトウェアでプログラミングをしてくれとか、、、いうことになり、研究に必要なことをいろいろと勉強した。   で、ものすごく不思議なのは、就職のときに、そういうことができる人を探している、、、という感じでアプローチを受けたことだ。   で、考えてみると、背後にはメカニズムがあるのである。私は単に、言われたままやっていただけなんだけど、シカゴの先生の下でやったことは、今いる業界で、そのまま通用する、、、そのことには意味があるのだ。   だって、その先生も、今の業界も、皆が皆、NSF(日本でいうと、学術振興会とかにあたる、、、研究費をくれる)とかからお金をもらってきて研究しているわけだ。だから、10年前、先生のもとで学んだことが、今でも大切なのである。…

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