LとRが通じない、、、だけではない

ある方がSHINと発音するとCHINと言っているように聞こえると言われたそうだ。

そういえば、SHINと強く口発音すると、CHINに非常に近く聞こえる。従来の発音本では、SHを動物を追い払うようにシッ、シッと言えと指導するので、これは逆効果だ。

喉発音が分かっているかたには分かるだろう。口のほうに重心を置き、強くSHIと発音する。すると舌が盛り上がることもあり、CHIに激しく近くなる。日本語では。

つまり日本語英語の問題点はLとRだけではないのだ。LとRが有名なのは、日本人がそう思い込んでいるだけだと思う。実際には、全ての音において、つたわりにくい。

私でも、以前、油断するとWを口発音してしまい、Bに近くなることが前にあった。今はない。WHATではじめる文で、よく、まだ文を言い終えていないのに、WHAT?といわれたものだ。

そのとき思っていたのは、文の終わりのイントネーションがちょっと不確かだったとか、文と文の間で息を音を入れることで、まだ終わっていないよ!とアピールしようとか、そういうことを考えていたが、ただ単に、口発音ぎみになった音が混ざる場合、

通じない

ということではないか。

今、私のうちには義理の妹がいるが、日本人の英語を知らないために、私はちょっと油断するとWHAT?と言われている。そのたびに、あ、喉発音にしないと

全然通じない

ということを思い出す。ちなみに、今では、WHATといわれる前に、あ、通じてないと察知し、言い返している。

日本人は、これまでLとRだとか、自分で気づく部分だけを勝手に問題視し、勝手に、問題を解決したと思い込んできたのだと思う。

さらに、英語の発音よりも、もっと大切なものがあると勝手に思い込んできた。

例えばだが、英語は単なるスキルじゃない。文化理解も大切だ、、、という言い方がある。

私はちなみに、スペイン語はまったくスペイン語の文化と切り離して、練習してきた。興味があまりないからだ。ところが、喉発音をしスペイン語が上達すると、自然にヒスパニックの人達から文化を学ぶ機会がうまれた。しかし、それは決して、文化を学んでやるぞと意気込んだからではない。

ヒスパニックの大家さんのときがあったが、そのときは、80歳のおばあさんとよくスペイン語を喋ったが、週末はスープを作るとか、家族が大切だとか、色々と文化を学んだが、これまた文化を学ぼうと意気込んだわけではない。

ほっておいても、最後には、おばあさんは、私のことを「私の息子」と呼んでいた。

日本人はこれまで英語が聞こえない、発音できない、コミュニケーションでない、、、から、色々とEXCUSEを言ってきたのだと思う。

文化が大切だとか、ディベートが大切だとか、日本人としての英語があるとか。

さて、最後に爆弾発言だが、私が過去にあった日本人で英語ができる人達は、例外なしに、ネイティブの友達が多く、ネイティブがボーイフレンドだったりガールフレンドだったりする。

しかし、そういうことはあまり言われていない。なぜだろうか?

サッカーをみていると、相手をこづいたり、蹴飛ばしたり、また、それを避けることがとても大切のようだ。走る格闘技のようである。

しかし、その点についてはあまり言われない。代わりに、走るのが大切だとかそういう点が基礎とされる。私などがプロの試合にでると、きっと10分で骨折するだろう。自分を守る、相手を威嚇する、、、ということも、プロの世界では基本ではないだろうか?ところが基本だけど、あまり言われないこともあるだろう。

これによく似ている。

本当に大切なのは、交流だと思う。ただうまくなった人は、そういうことをあまり言わない。

 

アドリブ英語で喋ってみました。音声ファイルはここ。

www.estat.us/blog/chinshin.mp3

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