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英語を洪水のように話す

英語を洪水のように話す、、、、これって実は機能を果たしているんだなと思うことがあります。

先日、同僚のお別れ会に行ったんですが、若い同僚のKさんに、ちょこっと何か言うと、すぐに「乗っ取られて」自分の話をしだすんです。

本当は自分は何か言って、そのトピックのままで自分の話をしたいのに。

それを防ぐには、とにかく、だらだらだらだらだら、、と相手に話させないように話し続けるしかありません。

少しでも相手のふったら終わりですw。

日本人の感覚で、少し何か言って、相手のうなずき、あいづちを待って、、、なんて不可能です。

相槌を期待して、ちょっと待つと相手が自分の話をしだしますから。

でも、それは日本人側のせいなんです。話が終わっていないならば、だらだらと話し続けましょう。

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ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀

今日のトピックの一部を読みながら、即興英語で言ってみました。 http://www.nippondream.com/file/kaz_08_03_2011.mp3 [audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_03_2011.mp3|titles=kaz_08_03_2011] 実は、数ヶ月前から書いて見たいトピックがあった。それは「ちょっとだけ難しいほうを選ぶ」ということについて。 その前に、新しいコーナー、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」です。米国コンサルタント会社勤務の日本人サラリーマンのuさんが、昨日、通勤のため電車に乗ったところ、目の前の黒人青年の左腕に以下の刺青をしているところを発見しました。 「恐い」 なぬ~~??「恐い」と書いてあるのです。おもわず、じ~~~と見てしまいました。 アメリカ人が漢字で刺青を入れているのは普通ですが、普通は、漢字だけです。例は新活とか、わけのわからない組み合わせですが、uさんは、普段だと「日本語だと意味を成さないけど、たぶん中国語であるのかも」と納得するのですが、今回は 「恐い」 と、どう考えても日本語の「い」が書いてあります。 「すみません、その(恐い)という言葉の意味をあなたはご存知なのですか?もしかして、あなた、俺は恐ろしいぞ~という意味でそれ彫りました?じゃなくて、恐いは、scaredと言う意味ですよ。あなた、もし日本に行ったら、周りに大笑いされますよ。それでもいいのですか?あなたは、恥をさらすことになるんですよ」 とuさんは、心のなかで言う練習をしましたが、その青年がちょっとだけ恐い感じがしたので、実際には言いませんでした。 uさんが、よく見る漢字の刺青に「力」があります。しかし、uさんには、まず、それはカタカナの「カ」に見えてしまうのです。「ちから」じゃなくて。でも、この場合は、中国語とすれば、「力」以外の何者でもないですから、納得が来ます。 以上、「アメリカで見た漢字の刺青(いれずみ)を報告する」コーナーでした。 さて、ちょっとだけ難しいほうを選ぶという流儀ですが、何かをするときに、二つ選択があるとすると、ちょっとだけ難しいほうを選ぶとうまくいくのではないかということです。 私は、これを実践しているのです。というのは、人生を振り返ったときに、楽なほうばかり選んだのではないかなという思いがあります。ただし、楽なほうは、世間的には、大変だと思われていることが多い。 例えばですが、「暗記」というのは、世間的には、楽じゃないと思われている。でも、実際は楽です。考えなくてもいいから。逆に難しいことというのは、例えば、英語だと、ネイティブと喋りながら頭のなかで文法や語彙を自分のものにしていくことです。 これは、ちょっとだけ難しいでしょう。勇気がいりますし、本当に使える表現を自分で選ぶ必要があります。 中学校のときに、級友にたたかれていたことがあります。小学校のときから、いきなりたたいてきたりする人がいたので、その延長でした。 しかし、それは、小学校のときからよく知っている級友です。中学校で、他の地域の知らない生徒がたくさん集まったわけですけど、やはり叩いてくる奴がいるのですが、その場合は、「なんでお前にやられる筋合いがあるのか?」と思いますから、まず叩いてきた段階で徹底的に反抗が起こります。 いじめっ子達は、たたいたときに、反抗するかをチェックしているのです。 大学の1年生のとき、知り合ったばかりの級友が、会うたびに「巨人の桑田に似ている」と言ってくるのです。からかう感じで。そのときは、彼の胸倉をつかんで、ぶち切れてしまいましたが、それで、彼はそれを言うのをやめました。お前のことあまり知らないのに、なんで、そんなに大きく出てるの?という疑問だったのです。結構、楽でした。全然、勇気がいらなかった。一発でカラカイが止まりました。全然勇気がいらなかった。しかし、これが正しい行動だったのかな~~。疑問が残ります。 小学校のときからたたかれている場合ですが、これは反抗しないほうが、楽だったのです。その人には、家などの位置も知られているから、まちぶせなどされたら終わりです。だから、その場をしのぐために、がまんする。 がまんするというのは世間的には難しいと思われているけど、実は楽なのです。短期的にはね。 しかし、知らない奴がたたいてくると、これはその場で反抗するほうが、楽です。ほっておくと、大変なことになるでしょう。…

発想の転換でリラックスを!アメリカでの剣道経験より語る

剣道を始めて2週間、これまで稽古に3回参加したのだが、日本と教え方が違う。アメリカの剣道は、リラックスせよと説明する。日曜日に参加したとき、いやになるほど「切り返し」の練習をさせられたのだが、リーダーいわく、その過程で体をリラックスさせるというのだ。 日本で6年間、剣道をやったが、リラックスさせるという発想は一度も聞いたことがないし、自分自身でも考えたことがない。しかし、そういえば、試合で1分、2分で、体がばててしまうことは経験していた。リラックスなんてしていたら、たるんでいる感じがして、逆に怒られてしまっただろう。 今思うと体に力がはいりすぎていたのだろう。 アメリカでジムに行って、ストレッチをするときに、体に力を入れるなと指導を受け、これもはじめてだった。そうか~。小学校のときなど、体が柔らかくて、体育の得意なクラスメートがいたが、あれは、体をリラックスさせていたのだな。 そのクラスメートは走るとき、ストレッチをするとき、跳び箱をするときなど、他の生徒とくらべてフォームが優雅だった。あれはリラックスしていたということなのだな。縄跳びだって、ずばぬけていた。あれも、リラックスして、エネルギーをセーブしながらやっていたのだろう。 しかし、なぜ体育の先生がそういうことを言ってくれたことはない。 いや、しかし、リラックスしてやっている運動が得意の人から見ると、他の人が力んでいることは分かるのじゃないか?それを黙っていたのかな~。リラックスするってのがコツだとばれると、自分の運動マンとしての地位があやうくなる?あるいは、自分では意識していないのかもしれない。 日本人は海外のロックシンガーが絶唱しているのをみて、シャウトスタイルと呼ぶが、応援団のように、りきんで発声しているとイメージしているのではないだろうか?あれは、リラックスしてあの声を出しているのだ。 ロックシンガーは、日本人の感覚で見ていると、苦しそうな顔をして歌っている。しかし、発想の転換をしよう。あれは、リラックスしようとしているのだ、、とイメージして、同じ様子を見ると、見えてくる。 リラックスしている、、というのが見えてくる。ジャニスジョプリンといえば、日本人の感覚では、絶叫スタイルの見本みたいだ。しかし、この動画をみて、実はリラックスしているんだ、苦しい顔をしているんじゃなくて、あれは、力みをなくしリラックスしている顔なのだと、洗脳するぐらいとなえて、この動画を見てみよう。 どうしてもそう見えないときのコツだが、この苦しそうな顔は、りきんでしまうのを一生懸命、防ごうとして、結果、こういう顔になっているのだと想像してみよう。そして、自分でカラオケをやるときなど、まねをしてみるのだ。 http://www.youtube.com/watch?v=JjD4eWEUgMM 思うのだが、日本のロックシンガーのアマチュアのあいだで、まず声をつぶすみたいな感覚があるのではないだろうか?結果、応援団のようながらがら声になってしまう。しかし、いまいち、外人のロッカーの声と違う、、、と悩む人がたくさんいるのではないだろうか?声をつぶしてはいけないのだ。大切なのは、リラックスすることである。 これは日本屈指のロックシンガー、スーパーフライだが、またしても、リラックスしているからこれだけの歌唱が可能となるのだ。 日本人の感覚で、横柄、ふてぶてしくみえる、いわゆる「外人さん」。あれは、リラックスしているのだ、、、と理解する。さらに、リラックスしていない日本人のほうが特殊であるのだと理解できれば(実際、動物は普段リラックスしている)、違って見えてくる。突然、普通の人に見えてくるのである。 この発想の転換が大切である。この発想の転換がないと、完全にリラックスできない。英語喉ライブのとき、私は、アメリカ人の声、そしてそのリラックス度を感じながら、その雰囲気を借りる形で、私自身もリラックスしようとする。 日本人同士だと、お互いの緊張感、テンションを借りてしまうので、硬くなってしまう。 この発想の転換があって、始めて、外国人を仲間とみなすことができるようになる。 さて、最後に、発想の転換のもうひとつの課題だ。 我々日本人は、アメリカ人、あるいは西洋人(あるいは韓国人以外の外国人)に親近感をいだきながらも、なにか、いまいち、近づきがたい印象を持っていないだろうか? 以下は、昭和の天皇陛下とマッカーサー氏の写真である。日本人にとっては、マッカーサー氏が、ものすごく威圧的に見える。この写真が戦後の日本とアメリカの関係を物語っているようだとするのが普通の日本人の解釈だ。 しかし、マッカーサーはただ単に普通にリラックスして立っているのだと洗脳するぐらい念じてから、それが見えるまでじっくりこの写真を観察してみよう。コツは、マッカーサーを単なるおっさんと思うことだ。 その感覚でもって、外国人と会話するのだ。そうすることで、完全なる平等な立場を得ることができる。それこそが、束縛からのLIBERATIONである。その感覚で英語を喋ろう。 今朝、ダッジ車で走行中、対面から来たダッジ車の白人のおっさんが、指でサインを送ってきた(クール!という感じで)。ダッジ車同士の間のコミュニケーションで、TOYOTAに乗っていたときは経験しなかった。こういうこと何回も経験するうちに、以前、アメリカ人が冷たいとか、日本人を差別していると思っていた自分を恥じる瞬間である。 さて、最後に、応用編だ。以下は日本人より日本人らしいと言われているダニエルカール氏の動画だ。これを見ることで一体、日本人のように見えるとは何なのかを考察しよう。…

リスニングの教材とは <機関銃英語が聞き取れる!>

今度の「機関銃英語」だが、シラブルを聞き、喉を聞く、そうすることで機関銃に聞こえた英語を、人間の言葉に聞こえるように、という企画である。ボンボンボンのシラブルを集中して聞きましょうということだ。 この対極になるのが、いちいち単語を覚えてこんでしまいましょうというようなアプローチだろう。個々の本当に存在する単語3千個、4千個、5千個を頭に叩き込んでしまおうというようなアプローチだ。 英語喉のアプローチというのは、その単語が存在しなくても、あるいは、英語じゃなくても、聞き取ろうというものだ。実際、著者の一人である私は、スペイン語やフランス語などをあまり勉強していなくても、行き交う人々のヨーロッパ言語が頭にはいってくる。こないだ日本で奈良に行って大仏をみたのだが、フランス人がたくさんいた。フランス語が意味はわからんが、音としては、がんがん頭に入ってきたぞ。スペイン語も聞いたが、恐ろしいほど理解できた。聞こうとして聞いているのではないのに。ネイティブ同士が喋っている機関銃のような喋りだったのに。日本人用ではなくて。) 英語を勉強しているアメリカ人を想定してほしい。ある日、日本で、ある新しい言葉が出現するとする。たとえば、「得る」という意味で「ゲットする」と誰かが言い出したとする。 するとそのアメリカ人は、その言葉が聞き取れないだろうか? いや、聞き取れるのである。3ビート言語を喋る人類には2ビートの音が容易に聞き取れるからだ。 「おはよう」が聞き取れるのだから、「はおよう」も聞き取れるのである。 じゃあ、英語を勉強している日本人はどうだろう。ある日、なんらかのスラングで、(適当に作るが)、GEBLEEという言葉がはやるとする。すると聞き取れるだろうか? 古いやり方でリスニングの勉強をしている人には聞き取れない。その単語を今まで勉強したことがないからである。そもそも、知っている単語でさえ聞き取れないのだから、知らない単語が聞き取れるわけがない。 しかし、英語喉のやりかたでやれば、聞き取れるのである。GEB-LEEと頭に入ってくる。そしてその意味を知っているかどうかは、聞き取りとは違う次元の話である。 何千語を頭に、体にたたきこみましょうというアプローチは、実際に使うという点で、問題がある。 私はアメリカに住んでいて、仕事をしているので、一日中、英語だ。例えば、英単語を今日一つ覚えたとする。その単語が今日出てくる確率は、何十億分の1だろう。その単語が今から10年間のうちに使われる確立も、何億分の1だろう。 ところが、シラブルを聞けるようになり、音として聞こえるようになれば、分からない単語があれば、それを少しづつ覚えていけばよい。実際に聞いた単語というのは、よく使われる単語だから、効率もよい。 もちろん基本的な、どうしても知っておいたほうがよい単語というのはあると思うが、それは、日本で中学、高校と英語を勉強したのならば、一度は勉強しているはずだ。さらにそういう単語は日本語にもなっているだろう。 語源を覚えようというアプローチがあるが、これほど面倒くさいことはないと思う。そんなことをしても、それで覚えた単語に一生のうち何回出くわすだろう。 あるいは、例えばDEMOCRACYのDEMOは人ですよ、、、とか言うが、すると覚えることがまた増えてしまうのではないか? いやDEMOを含んだ新しい単語がでてきたときに、覚えやすいと言われるかもしれないが、じゃあ、DEMONSTARATIONは?人に見せるってこと?DEMOLISHは(綴りOK)?DEMONは? それって押し付けてない?都合がいいように。DEMOが単語が100個あったとして、DEMOを人と考えれば(日本人の感覚で)納得できる単語が何個あるだろう。10個?あとの90個の存在を無視して、語源をやれば、単語がうまく覚えられますよと言うのは、違うのではないかな。 効果的にみえて、結構、覚える項目を増やしているだけのように思うのだが。  (語源に関しては逆なんですよ。語源の感覚ってのは、単語を覚えたあとで、あーそういえば関連があるなあと後でぼんやり思うものであって、、つまり結果です、、、それを手がかりにこれから覚えてやろうというものではないと思います。語源を覚えて英語をやるよりは<それ二度手間です>、、、スペイン語かフランス語か何かを同時に勉強していれば、自然と語源の感覚はついてくるものだ。) 暗記が増えれば増えるほど、現存する権力関係(師弟ー弟子)維持が可能となる。社会の権力関係の再生産というやつである。覚えろ、がんばれー、奥が深いぞーと言っておればよいのだから。 まだまだグローバル経済のなかでSTRUGGLEしないといけない「現代人」の身になっってくれ、、、と言いたい。 グローバル経済というのは、国際舞台ということじゃない。いつ技術革新が起こって、自分のスキルと思っていたものが無になってまうかもわからんような世界のこと。あるいは、仕事が外国に流れるとかね。これは住んでいる場所に関係なく起こる。 そういう緊張感にあふれた経済体制のなかで、できるだけ暗記物を増やさないでください、精神論はやめましょう、、、というお願いです。  

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