BREXITという単語

イギリスがEUから脱退ということで、BREXITという単語を良く見ますBR(BRITAIN)がEXITするということです。EXITは2シラブルですが、BREXITも2シラブル。
 
EG-ZIT (2拍で言います)
BREG-ZIT(2拍で言います)
 
シラブル数が変わりません。
 
このシラブル数が英語が通じる上で最も重要です。発音をわざと間違って、IG-SITとかBRIG-ZIDと言ってもたぶん通じますが、シラブル数が変わると通じません。
 
これが日本の英語試験に採用されないのは、簡単すぎて、誰でもできてしまうからでしょう。シラブル数=母音の数なので。
 
簡単なシステムだから言語に使われているわけですが、簡単だから、試験で問われない、結果として生徒、学生がそのシステムを知らないというのは、非常に皮肉です。
 
ある程度、難しくないと教えられないという変な状態が生まれています。
 
正確には、無限の数のテスト問題をつくれる知識じゃないと、学校で教えにくいということでしょうか。
 
だから試験が大切になりすぎると困るのです。
 
なぜ、このことが問題にならないかというと、生徒、学生、先生、教育政策にかかわる人たちが普通の英語(ネイティブ同士の英語、映画の英語)が聞けないからだと思います。聞けないけど、それは、一生かけて語彙や文法などをきわめて初めて到達のだ、、というような宗教のような感覚があるからだと思います。あるいは、英語プロパーより、哲学、論理、歴史理解が大切だというような方向にそれてしまいがちなのだと思います。
 
一方で、聞き取りが普通にできる人は、英語を使って仕事をするのに忙しく、英語教育に関わっていないのだと思います。そういう人は、嫌なやつととられてしまい、政策の議論には呼ばれません。

Related Articles

英語喉仮説 西日本人が英語が得意説のまとめ

英語喉仮説であるところの、「西日本人は英語が得意」説をまとめてみます。 ただ、英語喉をご存知ないかたで、「英語が下手糞なのに理屈ばかり並べおって、、」と思われたら困るので、まずは、自分の英語を晒します。 http://www.nippondream.com/file/kiso_eigo_04_27_2016.MP3 直接リンクならこちら。 それでは始めますね。 TWITTERで寺沢さんという社会言語学者のかたが、「(本当に)日本人は英語が苦手か?」などを、データ検証されているということを知り(本はここ)、それがきっかけで、以下をまとめました。 仮説1 西日本人は英語が上手になりやすい。 仮説2 東日本の人もまずは西日本方言の発声法を真似れば、英語が上達しやすくなる(あるいは東日本で英語が上手な人は、声が西日本人的)。 理由 a)西日本人は元々の方言が、英語(や諸外国語)に似て、発声位置が深い場所であるために、英語の音を聞きやすい。西日本方言は、まるで動物がほえているような感じで発声するが(例 NHK朝ドラ マッサンの広島弁)、これは英語に似ている。一方で、標準語・および東日本語は口先で硬い音を出している感じ(まさに日本語英語のような感じ)。さらに西日本人は動物がほえるように発声していることで、声が線的につながっている(これは英語話者と同じ)。注:東北弁も声がつながっているように思えますが、、。 b)シラブル構造も似ている。東日本語話者のシラブルはシラブル内での音程が平ら(ただし、シラブルごとの音程は違う、、例 「わさび」だと、「わ」の内部は音程は平坦だけど、平仮名ごとに音程が違う、、、ちなみに、広島人は国語の時間とか校内放送には、そのような読み方で朗読をする、、、そういうのが標準語だと信じているため)。 一方で、西日本方言のシラブルにおいては、英語や中国語と同じで、シラブル内に音程の変化がある。広島人が「じゃけん」と言った時の「じゃ」には、独特の音程の変化がある。さらに、西日本方言のシラブルは、中国語に似ていて、英語にもそう遠くない(広島弁の例 じゃ けん のお~)。 聞き取りをキャッチボールにたとえると、西日本人は、シラブルの内部が変化球っぽい英語ボールでも、普段つかっている方言と同じなので、シラブルのリズムつかみやすい。東日本人は、シラブルの内部で音程が変化するなどと、思ってみたこともないし、逆に、シラブルの真上にアクセントがあり、強く読んだり弱く読んだりすれば、英語が聞こえるに違いないという思い込みがあるので、そのシラブルごとの強弱、シラブルごとの音程の上下にとらわれて、英語ボールをキャッチしにくい。 これら二つの理由で、西日本人にっては、英語が聞きやすく、また発音もしやすいため、英語を比較的楽にマスターすることができる。東日本語話者も、発声法を西日本人的にすれば(とりあえず、マッサン)、英語が聞こえやすく発音しやすい。 西日本人なら全員英語ができる、、ということはありませんが、英語でコミュニケーションができる人を思い浮かべるとだいたい西日本人、、か、あるいは地方出身者。 その他、西日本の方言が英語に似ている点 c)息使い。英語は、肺から息が減るにつれて、だんだんと(株価がおちるように)、音程が落ちてくる。西日本の言語も同じ。一方で、東日本弁、特に標準語では、肺に残った息の量とは関係なく音程が激しく上下する(注 東日本全体でこれが言えるかは未確認)。勝間さんの日本語など良い例かも(音程がかなり上下します)。 西日本人にとって、英語ネイティブが喋っているときに、その息の使い方、音程の落ち方が方言と同じなので、どこで話が終わるかが分かりやすく、話しだしやすい(会話に加わりやすい)。 <電話番号を西日本人が言うと、音程がだんだんと落ちてくる。標準語の感覚では、「やる気がない」ようなオーラを発する。> d)喉の深い位置から発声していること、息も比較的多く使うことから、西日本人は声が大きい、、、という点でも英語ネイティブに似ている。声が大きいので、外人にシャイだと決め付けられにくく、国際コミュニケーションがとりやすい。 さて、微妙な問題としては、東北弁は、結構、英語的に、音がつながっているように感じること。近畿地方は、少しだけ、標準語に似ていて、音程が小刻みに上下するように思われる。また、発声法も硬い人もいる、、、が基本的には、西日本の方言に属すと考える(喉が開いている感じの人が多いため)。北海道も声に英語に似た透明感がある印象(笑う時の声で話しているイメージ)。 さて、では西日本人が全員英語が得意なのかというと、そうではないでしょうが、それは、英語教育の方法が都会で発達したために、どちらかというと東京型の認識が公教育にとりいれられており、例えば、英語の音の強弱が大切だという「言説」に基づいて、西日本人も、アクセントの位置を覚えている。実際は、方言の要領で聞いたとおり言えば済むことなのに。実際、西日本人でも英語の先生となると、甲高く、日本語っぽい英語を話してしまう人も多い。 線引きは難しいですが、もし、皆さんが、兵庫県を含む、兵庫県から西のご出身であれば、確実に喉発音ができるはず。近畿圏は、喉発音と口発音が混在している地域です。以下を試してみてください。近畿地方は、喉発音と口発音の混在が見られると思います(人による)が、その他の日本人と同じで英語が上手な人が多いです。…

実際に喋りながら勉強しよう

昨日はダウンタウンでミーティングがあったのだが、久しぶりにあった中国人のかたが休憩時間に言うには、久しぶりに帰った中国が変わっていたということ。金持ちがごろごろいるということ、中国政府も金をかなり持っているということ。老人で、目が悪い(白内障とか、緑内障だと思う)人、全員を無料で治療する、、、などという破格な政策を実施している、、、とのこと。さらに、小学校から英語をやっていて、まあまあ成功を収めているということだった。小学生でも英語喋っているよ~ということだった。実際、この人も喉発音で英語を喋っている。 剣道の練習もあったのだが、これも、実りのあるものだった。剣道は、勝ち負けの問題じゃないとアメリカに住む8段の先生が言っているらしい。しかし、それは最初は「それって、自分がもう年寄りで勝てないから負け惜しみでいっているんじゃないか?」とかかんぐったのだが、練習でやっていて、確かにそうだと感じる。強い人と練習していると、自分がたまに、面とかを入れたとしても、それは、完全にあきらかな隙があったときだけで、結構、うれしくない。逆に、不可能に思える面をとられたら、とられたで、なんだ~、こんなのどうして可能なのか~と驚きだ。稽古をしていると、本当に勝ち負けの問題、黒白の問題ではないように思える。 中学、高校のとき、強者と練習するのが苦痛だったと思う。今は、強者と練習するのが面白い。また、それほど強者じゃなくても、気迫がすごい人、優雅な感じがするのがいる。隙があっても、あまりに優雅なため、え?打ち込んでいいの?とか躊躇してしまう。 となると、テクニックを超えた世界がある。気迫も、声だけじゃなくて、体全体から出ている。隙があっても、そこに打ち込んだら、みっともない?みたいなものすごいパワーを感じてしまうのでした。 この日は初めて、竹刀を軽く感じだ日だった。さらに、右足が痛いはずなのに、じげいこ中は、痛みのことを忘れてしまう。 しかし、日本語と英語は根本的に違うのだろうか。足が痛いと言ったとき、足の範囲が日本語では非常に広い。正確には、右のFOOTが痛いのです。日本語で足というと、足と腰の付け根ぐらいまでが足ですよね。英語ではFOOTとLEGがある。足・靴のサイズはと聞くときに、SIZE OF FOOTが正しい。 剣道は、実際に、実践している人から学べるのがすばらしい。こうしたらどうか?というアドバイスは実際にその人が実践していることだ。 日本で英語学習に関しては、学習の仕方に関してはかなりの知識の蓄積があるが、実践に関してはどうだろうか? 実際に喋りながら、習得するというのは、MASAさんがこの1月からやっていることだ。留学していないのに、完全にぺらぺら状態で、今では、どんな相手でも話ができるというところまできている。 私は、英語の習得方法を正しい軌道に乗せるには、実際に、英語ができる人が発言すべきだと思う。というのは、英語がほとんど完璧にできない場合は、それは、日本語からの翻訳、語彙、学校で本で覚えた文法に基づいて喋るわけで、その場合は、英語が不自然になってしまうだろうし、また聞き取りが100%にならないだろう。 よく表現を覚えたりするが、英会話の真髄は、基本語を駆使しながら、言葉を「生成」していくことにある。 たまに、熟語みたいなのがあるかもしれない、、、例えば、SO TO SPEAK(いわば)とかか。しかし、そういう言葉は結構出てこないし、覚えたものをぱ~んと出すと言う感じになるので、生きた英語にはならない。 そういう表現は、基本語を使い、言葉の生成能力をつかっているうちに、ネイティブが使っているのを2,3回聞いているうちに、たまたま覚えてしまったと言う状態にするのがよい。 実際、SO TO SPEAKとか、TO BE FRANK WITH YOUとか、そういうのは、聞いたときになんとなく分かればよいだけで、使わなくても困らない。 とりあえずはSKYPEにて、シンプルな基本語で英語を喋るというのがスタートではなかろうか? 現在、MASAさんが、一番、英語喉原理主義でやっておられるのだが、ぜひ、皆さんも続いてほしい。 MASAさんと英語で喋っていると、非常に私も自然に喋れる。まるでアメリカに住んでいる普通の人と喋っているようだ。それは、MASAさんが、アドリブ英語で喋っているからで、覚えてきた単語や表現を、投げつけているからではないからだと思う。…

英語教育学者さんたち、ぜひ実験を

直接指導喉セミナーをご希望のかたは、メールくださいね(question AT estat.us)。詳細はメニューのほうにもあります。 私は仕事で、実験という方法を使った教育研究を読んでいる。それは、アメリカ教育省のプロジェクトの仕事をしているからだ。どんなやりかたをしたら、生徒の数学力、国語力を向上できるか?あるいは、どんなことをしたら、生徒がドロップアウトしなくなるか?というような研究をたくさん読む。で、読んで、その研究が科学的に正しい方法を使っているかを評価する。ただし、結果に関しては感知しない。ある方法Xが実際に効果があったかどうかではなく、その効果を確かめるメソッドが正しいかどうかを判断するのである。 さて、皆さんのとんちを試してみたい。以下の方法は、一つ、大きな失敗を含んでいます。それは何でしょう?まあ、まあ難しいと思います。 60人の生徒がいます。ランダムに30人VS30人に分けました。グループAは、普通の授業で英語を勉強します。グループBは、特殊なやりかたをします。研究の目的はこの特殊なやりかたに効果があるかを試すものです。グループAは田中先生が教えました。グループBは上田先生が教えました。3週間後に、テストをしました。すると、特殊なやりかたで英語を勉強したグループBのほうが、テストスコアが良かったのです(統計的にも優位でした)。 さて、なにが失敗でしょうか? 失敗は、この研究のセットアップだと、本当に、あるやりかたが効いたのか、あるいは、じつはたまたま上田先生が田中先生より教え方がうまかったのか?が区別できません。専門用語というほどではありませんが、 TREATMENT EFFECTとTEACHER EFFECTを区別できないのです。 だから、少なくとも、先生をグループごとに、一人以上にするとか、あるいは、複数の先生が両方のグループを教えるというような工夫がいります。 ネズミなどを使った医学の実験では、ランダムに分配するのが簡単なのですけど、上のように本当の人間を現場で実験する場合は、失敗が色々と起こりやすいのです。 じゃ、これはどうですか?ちょっと難しいですよ。 60人の生徒がいます。ランダムに30人VS30人に分けました。グループAは、普通の日本の典型的な授業で英語を勉強します。読んで訳すことだけです。グループBは、会話を中心とした授業です。研究の目的はこの特殊なやりかた(会話中心)に効果があるかを試すものです。3週間後に、会話力のテストをしました。すると、特殊なやりかたで英語を勉強したグループBのほうが、会話力テストのスコアが良かったのです(統計的にも優位でした)。 なんか、別に問題がなさそうですね?でも、実は大問題なのです。それは何かというと、片方は、会話の練習をしていません。片方は会話の練習をしました。でテストは会話力テストです。これはテストが実際のTREATMENTの内容に重複しすぎています。つまり、特殊な授業とテスト自体が同じ会話力なので、効果が出ている、、、つまり、特殊な授業自体に効果があるというより、たまたまテストで問われる内容と、TREATMENTと同じです。これはダメですね。片方のグループはそもそも会話をやっていないのですから。 ただ、上のケースは、「う~ん、まあいいか?」ぐらいのボーダーラインです。授業で使った会話の内容とテストで問われる内容が同じだったら、絶対だめです。 (これで思い出しましたけど、TOEICの準備勉強をする、、、ということ自体、実は、教育結果計測学的(EDUCATIONAL MEASURMEENT)には、好ましいことではないのです。特に、準備のときと同じ問題が出たぞ!となったら、ただしく個人の実力を測れませんから。) じゃ、これはどうでしょう?簡単にしますね。 30人、30人とランダムにグループ分けをしました。実際に、TREATMENTを始めると、内容が嫌いな生徒が、グループを変えてたいと望んだので、好きなグループに移りました。 これはだめですね。生徒の好き嫌いが結果に影響を与えてしまいます。こういうのをSELF SELECTIONといいます。じゃ、これは?実際には、見つけにくい問題ですが、 グループAの先生とグループBの先生達は、友達同士なので、仕事が終わってから、お互いの教え方を議論しました。 これだと、教え方に影響を与えてしまいます。SPILL OVER と呼んでいる問題です。 英語教育だけにたよらず、社会的、心理的現象というのは、原因が一つとは限りません。英語力がなぜ伸びるか?というのにも色々あるでしょう。だから、二つのグループがあったとして、その違いを、あるTREATMENTを受けるかどうか、だけにすることで、結果を比べるのです。…

Responses

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

Skip to toolbar