動詞の進行形

作家の(と言っても、この一語で表せない活躍をされている)松井博さんが、“I am loving it!” って正しい表現なの?というエッセイを書かれていました。

https://cakes.mu/posts/6715

松井さんのTWITTERアドレスです。

https://twitter.com/Matsuhiro

さて、私は松井さんのエッセイを読んだときに、え?と思いました。なぜなら、動詞は全ての動詞が進行形にできるからです。

例えばI am loving it!を松井さんは、文法的には間違いっぽいが、実際には使うと定義されております。

私は、I am loving it!は文法的にも正しいが、仕事やアカデミックな文書などには、登場しないと言うでしょう(LOVEが進行的に起こるという特殊なシチュエーションが普通はフォーマルな文書には現れないため、、、LOVEはいちいち現在進行にしなくても、感情なので、進行っぽいわけだけど、それをあえて進行形にするほどの特殊な状況は日常生活には起こるだろうが、机について書くフォーマルな文書で、そこまでこだわる必要がない、、だからと言って、LOVEを進行形にしたら文法間違いということではない、、というのが私の考えです)。

ただし、意外と結論の部分では、そんなに私の考えと松井さんのエッセイの主旨は違っていませんでした。

私の世界観では、全ての動詞が進行形にできます。だから、英語は比較的簡単に喋せる言葉で、あまり例外がありません。

では、動詞によって進行形になるものと、ならなものがあるという「世界観」では、英語を喋るのが難しいと思われます、、、が、、、、(ここが大切)、、、

そういうことを気にして英語を喋るのは、逆に高度な技術なので、誰もやっていないと思われますから、心配する必要もないでしょう。

私の感じでは、「全ての動詞が進行形をつくれない」という言い方は、「言説」であり、おそらくですが、このことが英語の先生の権威、パワーを少し上げるということじゃないでしょうか?

ここからは、松井さんのエッセイのクリティークというより、もう25年ぐらい感じていることで、本サイトでは8年間ぐらい言い続けていることです。

例えばですが、ネイティブは、そんなことを知りませんから、「そんなこと知りません」とネイティブが言うとすると、「ほらね、ネイティブは英語が母国語だから、文法の細かいことを知らないんですよ。だから、英語は、日本人の先生から習うのがいいんじゃない?」ということになり、日本人の英語の先生の権威を上げるのじゃないかな。

もう一つ、私の言っていることが正しかった場合ですが、説明が短いのです。私は大阪の高校で2年、英語の教師をやっておりましたので、分かるのですが、クラスには47人生徒がおりまして、人数が多いと、講義形式にならざるをえず、そうなると、何か言わないといけないのです。説明をたくさんしなければいけません。全ての動詞が進行形にできる、、だと説明が3分で終わります。動詞によっては、、、だと20分ぐらいは喋れますし、「君達、覚えてくださいね」と暗記のネタ、試験のネタにもなります。すると生徒が静かになります。生徒が静かになると、教師はまるで、自分の力量が上がったような感じになりますし、また他の同僚も、XX先生は力がある、、と納得してくれます。生徒が静かになると、教師は、「生徒の目が違ってきた」と陶酔します。

日本の学校の英語教育はミシェルフーコーの言うところの「言説」なのです。「真実をめぐる言説」なので、内容的に正しいかどうかではなく、言葉をつむげるか、ミクロのパワーを生成できるか、その場の権力関係のバランス維持に貢献するか、、ということが言説の特徴です。簡単に言えば、先生のためにある。

フーコーに関してはここを参照。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%BC

40人ぐらいの生徒を45分間、静かにさせておくための装置、、、これが英語教育であり、教育なのです。

もしかして、教育が生徒のためにあると勘違いしてました?

私が語学が得意だったのは、おそらく、日本の文法書が何と言おうと、動詞は全てが進行形にできると(無意識に)思って英語を喋っているからだと思います。実際、スペイン語でも、同じに違いないですから、なんと人が言おうとかまいません。このことで世界がすっきりしますし、実際、英語でもスペイン語でも喋れます。

ところで、最近は、新しい授業のやり方が模索されているようです。反転授業というのをご存知でしょうか?生徒は家で教師の作った動画などを元に理解を深め、授業では、実践的な作業、グループワーク、プロジェクトワークなどをして、理解を実践力に変えるというような取り組みのようです(それだけではないと思います)。私はFB上のグループに入れてもらっています。

https://www.facebook.com/groups/hanten/

 

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どこかで勘違いが起こったのではなかろうか

http://en.wikipedia.org/wiki/Vowel 音声学、、といっても色々あると思うが、いわゆる大学の英文科で学ぶ音声学、それもIPAとかダニエルジョーンズとかが出てくるものだ。   問題点は「舌の位置」と「響かす地点」と混同?である。   母音ごとに舌の位置が違う、、、ということを図示しているわけだが、それはあくまでの舌の位置であって、それと「音を響かせる場所」とは違うだろう。   例えば舌の位置が「前より」だとすると、それは単に位置が前よりだ、、、ということであり、それ以上でもそれ以下でもない。   ところが、思うに、なぜかこの舌の位置が「音を響かせる位置」という概念と混同されているように思う。   舌が前よりだから、口の中でも前のほうで音を響かすんだ、、、というのはおそらくなんらかの勘違いだと思う。   そもそも舌の位置と母音の関係ということは、喉のパラダイムでは「考えなくてもよい」わけだが、それを言ってしまうと、めんどうだ。だから、もっとフォーカスを絞ってみる。   舌の位置は「響かす地点」ということではない。   例えば、上のURLでは舌の位置のX線写真が紹介されているが、だからといって、口の中のどこで音が響くということがX線でわかるわけではない。   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E8%88%8C%E6%AF%8D%E9%9F%B3 これは日本語で書かれた説明だが、上で指摘した勘違い(と私が思うもの)が分かる記述である。引用してみると、、、 前舌母音(まえじたぼいん、ぜんぜつぼいん)とは、舌の最も高く盛り上がった位置が最も前で調音される母音。   舌のもっとも盛り上がった位置で調音される、、、とある。が、実際は、前舌という概念は単に舌が前にくる、、、ということを記述しているだけであり、そこで音が調音されている、、、と言っているわけではないと思う(調音が何を示すか、、、というところが微妙だが)。  …

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