学会の成果

ミネアポリスにいて、学会に参加したが、評価研究という分野が自分にあっていると思った。

評価研究というのは、なんらかの公共投資をしたときに、その成果があるのかを評価する。

非常に面白いプレゼンテーションがあった。アメリカの政府が、アメリカの学者に援助をして、アジア諸国の国に留学できるような制度をつくった。その投資の成果が本当にあるのかを評価する、、、これが、あるDCにある会社の仕事となった。

まずは、留学生として選ばれた人の成果、例えば論文数などを結果として数字で表すわけだが、じゃあ、その人たちと誰を比べるのか?

というのは、選ばれた人だけの成果を見ても、プログラムの成果があったかどうか分からない。

だから、もともとの応募者のなかで合格者と非常に似た特徴を持っていた人たちを選ぶ。その人たちは不合格だったけれども、合格していた可能性がある人たちだが、その人たちの論文数などと、選考に受かった人が後でなしとげた論文の出版数を比べる。そうすることで、政府の投資にリターンがあったかどうかを評価する。

こういうのを評価研究と呼ぶ。

ちなみに、合格者と似た特徴を持つ人たちを選ぶときに、PROPENSITY SCORE MATCHINGというテクニックを使う。

でも、色々と当然問題がある。

政府の投資は常に、その効果があったのかを調べないといけない。

日本人も多く来ていて、日本の政府の科学技術分野での投資の話も聞けた。

さらに、今日は、シカゴ大学時代の友人とも10年ぶりぐらいに会えて、楽しいときを過ごせた。彼は日本文学が専門でアメリカのカレッジで教授をしているのだ。

彼の前で「くっちゃん」を演じたら、興味をもってくれた。彼はアメリカ人学生に日本語も教えているのだ。

私が、アメリカ人の人に、日本語とジェスチャーを教えているが、私の動画を見てくれると約束してくれた!

さらに、そのあと、日本ののリサーチャーさんと、なんとたまたま、宿が一緒だったということが判明。さっきまでビールを一緒に飲んだ。

そのかたは、なんと、もともと豪快なる喉発音で英語を話されていたのだ。

その人は、バーテンダーさんと話すときでも豪快な喉発音、そして体全体から発せられるフレンドリーなオーラで、アメリカ人と同等の立場から喋っていた!

今日は、喉発音の問題だけでなく、体全体のリラックスした感じが大切なのだ、、、というような話などをして、非常に楽しいときをすごしたのである。

ネットで、あ~、こういう人に理解してもらいたいなあ~~と思っていた人が、なんと同じ学会にいらっさっており、さらに喉発音をされており、さらに、たまたま宿が一緒で、ビールを飲みながら、談笑できた~~~。

明日は、朝のセッションを2回分見てから、空港に行く。

 

Related Articles

私自身の文法の勉強の仕方

週末英語喉セミナーの申し込みはこちらから。 http://www.doodle.com/ziiicwc489s3mf8e 英語喉をやると、アメリカ人が話しかけてくる。それは、やはり自信のようなものもあるかもしれないし、姿勢もあるだろう。このことは何度も書いた。 昨日も、近所で突然、「あなたはここのアパートに住んでいるのですか?」とアメリカ人(インド系の学生っぽい女性。近くにジョージタウン大学があるので学生さんだろう。)が問う。「実は、もう申し込みはしたのだけど、ネットで、悪い評価が出ていたんです。住み心地はどう?」。「全然、心配することはないですよ。きれいですし、庭なんかも手入れされているしね。虫も蝿ぐらいです(ごきぶりは出ない)。」と言ったら、安心していた。 DCではどこのアパートでも、だいたいエルサルバドルかホンデュラスあたりの移民(不法移民だと思う)が、ものすごい勢いで朝から晩まで掃除をしているのである。 プールがあるが、その横を通るたびに、ライフガードの黒人のおじさんが、会釈をしてくる。まるで親戚か何かのように。 犬の散歩をしていたら、向こうから、日本語の書いてあるT-シャツを来た白人の若者が歩いてくる。ちょっとめずらしくてなんて書いてあるのかな~なんて(気づかれないように)見ていたら、「ハ~イ」とか言いながら会釈をしてくる。 このように、周りから話しかけてくれると、本当にアメリカ人と私が平等なる立場にあることがわかる。いや、本当は最初から平等だったのだろう。今思えばね。 さて、今日は私の文法の勉強の仕方について述べる。 MIXI上ではRONさんのhttp://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63775066&comment_count=52&comm_id=1301094 で熱い議論が交わされている。 もともとの発端は、英語喉会議(アット広島)で文法が大切かどうかみたいな会話から始まった。 よく発音の次は文法だとか語彙だとか言うが、実際は、ネイティブと会話をしだすのが一番だと思う。というのは、文法や語彙は会話をしながら覚えるものだからだ。その模範というか、例を示したい。 RONさんの影響で、昨日、中国語を勉強してやろうと思いたった。それも、中国語の文法書を一度も読まずに会話ができるようになってやろうと思った。 そこで中国人の同僚にちょっと聞いたのだ。 まず、私は、It is interesting to watch TV という文を持ってきて、それを中国語でなんと言うかを問う。 すると、中国人の彼女は、 カン、デン、シューがどうのこうのと言った。 私はもうその時点で、中国語が聞き取れていた。恐ろしいことに英語喉をやっていると、聴き取れる。 大昔の大学時代に中国人の学生が、映画を見るは…

なぜネイティブ同士の会話となると聞けない人がいる?

大学のときに、ネイティブ同士が喋っているのが聞き取れないことがあった。あれは、なぜだったのだろう。 今は英語が100%聞けるので、ネイティブ同士だろうが、テレビだろうが、TOEIC教材風・NHK英語風だろうが何でも聞ける。 聞ける立場から見ると、違うがなぜなのか、分かりにくい。 言い方を変えると、なぜTOEIC教材風の英語は聞けるのに、ネイティブ同士の会話の英語が分からないのか、、これが、なかなか分かりにくい。 多くの人が、スピードが速いからだと思い込んでいると思うが、ネイティブ同士だからといって速いと全然思わない。 聞けていない人にとっては、スピードが速いかさえも分からないはずだと思う。聞けていないのだから。 近所に日本人の記者さんが住んでいて、ある友人の英語がなまりすぎて聞けないというから、私がその人と話してみたら、なんと、、 ぜんぜん、なまっていなかった、、、 私の隣人は自分が聞けないから、なまっているはずだと思いこんでおられるのである。 これまで私は流動性が増すので聞き取れないのだろうと思ってきたが、もしかして?と思うことがある。 それは、ネイティブ同士の英語が聞けない人は、ふだんから、NHK風の英語に慣れてすぎていて、音程にごまかされてしまっているのではないかということだ。 日本語では音程はとても大切で、例えば、「わざび」と標準語で言うと、「わ」が高くなる。広島弁だと、「さ」が高くなる。 音が、「わ」から「さ」に、「さ」から「び」に変わるだけでなくて、音程が変わる。その音程をたよりに、日本語において、シラブルを聞いているのではないだろうか。 英語でも、同じことを頼りに、英語を聞こうとしているのではないだろうか? NHK風ナレーションでは、音程の上がり下がりが大きい。だから、それを手がかりに、シラブルっぽいリズムをそれなりに聞いているとしよう。 ところが、ネイティブ同士の会話では、音程のほうは二の次で、喉発音とシラブルの二つの要素でコミュニケーションが成立している。 音程の上下は、表現力としてはあるが、その程度が小さいからといって言葉が通じないということは英語ではありえない。 音程に気をとられすぎているから、音程がNHK風ナレーションと違ってくるネイティブ同志英語が聞き取れなくなるのではないだろうか?などと考えた。 なぜ日本に住むネイティブナレーターさんはそんな独特な読み方をするのだろう。それは、日本語をまねているのだと思う。さらに、そういう喋り方をする人じゃないと、採用されないのだと思う。採用する側にも英語とはそういうものだという思い込みがあると思う。 英語を聞くときは、音程は、どちらかというと、それにごまかされないようにしながら聞くのがよい。 矛盾するようだが、英語にはシラブルの中に抑揚があるのはあるが、音程の問題というより、音の深さととらえ、それを楽しみながらも、ごまかされないようにしながら、一つ一つのシラブルの波にのる。 これが、できるようになれば、英語が100%聞こえるだろう。 すぐに聞こえなくても、あせらず、まずは聞こえるようになることに専念する。一度聞こえるようになれば、ずっと聞こえるようになる。 以下はVOZEさんに以前したアドバイスだが、わざとしている音程を発音からとりのぞいてとアドバイスしている。聞き取るときも、同じで、日本語で期待するような音の上下を頼りにしてはいけない。楽しむ感じは良い。

Responses

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.

Skip to toolbar