大人のすべきこと

ちかごろの若者は、、、という言葉はあまり好きではない。なぜかというと大人でも知らないことがたくさんあるからだ。特に歴史。硫黄島の映画を見るまで、よく知らなかった。先日も、南京のドキュメンタリーを見たんだが、まずは空爆から始まったことを知らなかった。てっきり地上戦だけかと思っていた。そういえば、硫黄島も激しい空爆があったし、ノーマンディーの戦いもそうだ。まずは空爆というのは当時当たり前のことだったのだろうか。沖縄はどうだったんだろう。硫黄島やノーマンディーはちょっと違うだろうが、当時は、市民の上に爆弾が落とされたのである。そういうことを全然、知らない自分がいるわけで、若い世代を攻める資格がないのである。
 

逆に大人のすべきことがあると思う。それは若ものが学べるインフラをつくること、機会を与えることだろう。そのことで思い出したことがある。
 

私が高校生のころ、地元には私と同じか、ちょっと上ぐらいのレベルでエレキギターが弾けるのが5人はいた。井上君という人がボーカルのバンドはすごかったが、彼はのちにプロになった。よく考えると、その背後には、木原楽器店(竹原市)というのがあって、元気ライブというのがあった。地元の高校生がバンドをつくって、そのライブに参加するのである。でライブで勝つ?と祭りで演奏できたりする。そういうのは、当時の大人がやってくれていたわけだ。そういう機会のメカニズムがなければ、瀬戸内海の沿岸沿いの小さな地域にギタリストが5人も誕生しなかったと思う。

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ジョンと25年ぶりの再会になる予定

クッちゃんと喉やんが、ジョンさんとカズさんの話をしているところを、カズさんが、録音しました。 [audio:http://nippondream.com/eigonodo/wp-content/uploads/2011/08/kaz_08_01_2011.mp3|titles=kaz_08_01_2011] 直リンはこちらをクリック。 さて、今週は、とても待ち遠しいことがあります。それは25年前(1986年のこと)、私が同志社大学の1年生になり、学校が始まったぐらいの週に、出会ったアメリカ人の友人ジョンと再会できそうなのです。 今、DCになにかのイベントで来ているのです。ハワイ大学で教えているジョンは、20人ぐらいの学生をつれて昨日到着しました(まだ会っていない)。 京都の東山区、「せんにゅう寺」というとこに住んでいたのですが、同じ通りにアメリカ人が数人たまたま住んでいたのです。私はジョンに英語を教えてもらいました。銭湯が同じだったので、サウナのなかで英語をしゃべったり、、、やっぱり今思うと、おおげさな英語喋ってませんでしたよ。 遊びに行ったら、線香をたいていましたよ。仏壇でなくてね。そのときは、アメリカ人はすごい発想だなと思いました。ただ、線香をたいていたのが、トイレだったような気がします。ウンコの匂いを消すためだったのか、、、、記憶が薄れています。25年前のことなので。 ま、とにかく、大学1年のときであったアメリカ人が線香をたいていたのは、本当にびっくりした。(当時、同志社のウィリアムズ先生<ちなみに、先生は、評論家の竹村健一氏が若かりしころに英語を教えたとよく言っておられた>が、大学生協で、アイスコーヒーがないと言われて、コーヒーと氷もってきてくれと言ったのも、アメリカ人ってすごいなあと度肝を抜かれたのでした。それと同じぐらいのびっくり度でした)。 ジョンだけじゃなく、もう一人、ミネソタ出身の兵隊みたいな髪型をした青年もおりましたが、彼はミネソタは蚊が多いんだ~みたいなことを言っていた。だから今でも、ミネソタの人に会うと、蚊が多いんっでしょ~とか言うと、打ち解け度が一挙に高まります(笑)。 サウナで英語会話をしていたのでした。 ESSでスピーチの暗誦大会があって、当時、チャプリンの映画、独裁者からのスピーチが題材でしたが、彼に発音をチェックしてもらいました。大会を見に来てくれたのですが、後で、私がそのスピーチを「明るく」読みすぎたとの指摘。 今思えば、英語の「意味」と音が一致していなかったんでしょう。つまり、あのスピーチは重いテーマのスピーチです。でも意味を考えていなかったので、おもわず明るい感じで読みすぎてしまったのです。 私もジョンの手伝いをしたことがあります。京都の南のほうだったと思いますが、通訳として、在日の外国人のビザとかを管轄する役場みたいなとこに一緒に行ってあげましたよ。 その後、ジョンとジョンのアメリカ人の彼女(現在奥さん)は愛知県の西尾というとこに引っ越しました。英語学校に勤めていたのです。で、私は夏休みを利用して、遊びに行ったのでした。下は、たぶん、駅の近くの公園だと思う。 ジョンが西尾を発音するときに、ニ~~~シイイ~~オオオオウウウみたいに発音していたのが印象に残っています。今思えば3ビートだ! 当時は、葉書や電話でアポをとったんでしょうね。今と違って。 そこで、前にも登場した逸話ですが、ジョンの友人達のパーティーへ招かれたわけですが、そこにはアメリカ人が8人ぐらいいたのじゃないかと思います。中学、高校、大学1年と英語を勉強してきた私が、そのパーティで言われていることで聞こえた英語は一語だけ。 NO SHIT (「まじだぜ~」、、、という意味) だけでした。この言葉だけは、何回も、何回も聞こえました。 これはかなりショックでした。 でも、当時でさえ、私は同志社のESSの1回生でも英語ができると思われていたのですよ。さらに、上で書いたサウナ英語でも、通じていたし、私に対して言っていることは理解できていた。 ジョンが仕事中だったと思うけど、ジョンのガールフレンドとプールに行ったことを覚えています。そしたら、彼女が、「長いす」みたいなのに、どて~~~んと日光浴を始めましたが、その豪快さがガイジン的で記憶に残っています。 私は田舎者なのですが、広島の田舎のプールでは、どて~~んとプールサイドで横になっている日本人はおらず、ぎゃあぎゃあ、泳ぐのが目的でしたから、お~、ガイジンのやることは違う、、、と思ったのでしょう。 よく考えると、私とジーナが週末には、アパートのプールでどて~~~んと横になって(椅子みたいなのに)日光浴をしています。アパートの人達も、どて~~んと日光浴をしています。それと同じ光景です。 その時は、西尾がアメリカになっていた。…

基礎と応用とは何かを再定義するべき

学校で、基礎と応用というと、だいたいこういう意味だろう。 基礎、、、基礎ができてないとか先生がいちゃもんをつける、、、生徒は、じゃあ、基礎をかためると言って、暗記みたいなことをする。 応用というと、応用問題といって、絶対にとけないような、わけのわからんものを解かされるけど、どうせできない。 一体、基礎とか、応用とは何なのか?みたいなことを考えていたのだが、仕事でよい例があった。 ある政府の統計でタバコを吸っている青少年の%が、45%だと書いてあるとする(これは適当な数字)。で、さらに、そのCONFIDENCE INTERVALが上が50%で下が40%だと書いてあるとする(P=5%)。 これらは統計学の色々な数値だ。意味は分からんでもよいけど、まあ、だいたいに理解するとすると、まあ、タバコを吸っている%はだいたい45%ぐらいだけど、まあ上は50%ぐらいまで、下は40%ぐらいまでぶれがありえるという、、、ような意味だ(厳密にはちょっと違うけど、まあ、そういう感じだ)。 さて、仕事で、一体、この%が、何人の青少年を調査してでてきたものかを知る必要性があった(聞きゃええんだけど、連絡したら、今、サイトがダウンしているので、分からんと言われた)。 なぜ、Nがいるかというとまたややこしいが、その45%という数値の標準エラーを出したかったからだ(専門的に知っている人はコンフィデンスインターバルがあるやないかというかもしれないが、、まあ聞いてほしい)。で、なんでそれをしたいかというと、自分たちのサーべイで得られた結果と比べたかったからだ。自分たちのによる%と、またN(何人かということ)は分かっている。 で、応用とはなにかということだけど、%が45%で、コンフィデンスインターバルが40%と50%だということから、Nを導き出すことができることはできる、、、でやってみた。 これが応用じゃないかと思う。 こんな式を統計学の本から書き出した。 % +- 1.96*sqrt[(p/1-p)/n]  (ちょっと簡素化したが、使っている数字1.96は、P=5%というところから導き出した。) この式のうち、%は分かっている。Pも分かっている(あ、同じことか。P=%/100。)。 そしたら、Nが分かる。Nだけが分からん、未知の数字(中学校ではXと呼ぶのかな?)になるからだ。 で、この式を色々と変えて、Nが左側にくるように式を整理した。これは紙に書いてやった。 紙に書いてやって、式が出来たら、今度はその式をエクセルシートでやってみた。そしたら、Nが求まった。 まあ、こういうのが応用じゃないかと思うのだ。 で、このプロセスのどこが暗記とか勉強のお陰で分かるかというと10%ぐらいじゃないだろうか?つまり、統計学の授業をとって、基本的な項目をしっていたから、これが出来た部分は10%ぐらい。 あとは、二つあると思う。 一つ目は、誰に相談したらよいかを知っておくこと。メールしたりとか。 二つ目は、エクセルシートなどで実際にやってみて、正しいかどうかを確認。勉強で暗記?みたいにした事柄は、あまりはっきりとは覚えていない。だから実際にやってみて、計算してみて、正しいかどうかを、確認しながら進む。 これはたまたま自分の仕事ででてきた応用ということの例。…

DUESSというのをやっていた

DUESSというのは同志社大学ESSの略です。学生時代に、このDUESSというのをやっていたのですが、例えば、ランチと称して、メンバーで集まって(確か毎日)、英語で会話をするのです。当時は、間違った英語を使ったまま練習して良いものかとか思ったけど、やはり使うということの一貫だから、良かったと思います。 当時は、メンバーが300人ぐらいいたように思います。ものすごい人数でした。グループも色々ありました。英語が好きで、英語を使いたい、できれば将来の仕事にも使いたいという人が集まっていたので、やはり刺激になりました。 その後、大阪の紀伊国屋だったかで、当時のメンバーにばたっと出あったことがあります。1992,3年のころでした。すると、彼女が言うには、紀伊国屋の英語書籍のコーナーでうろうろしていると、当時のメンバーに会うことがあるとのことでした。私はその時に、高校教師だったので、たしか入試問題の案をさぐるのに、紀伊国屋にいたのです。 ちょうどバブル期だったので、いわゆる人気企業に就職する人が多かったです。 今と違って、Eメールはないし、携帯電話はないし、一体、皆どこに行ってしまったのか分からないのです。 ただ、数日前に久しぶりに連絡がついた友人がおり、英語喉のことを言うと、その人は、物まねがすきで、英語はオクターブさげるとうまく聞こえるような気がしていた、、、との返事をもらい、彼なら分かってくれると思い、うれしくなりました。 DUESSの現役メンバーからもメッセージをいくつかもらったのですが、英語喉最高です!と言ってくれたかたがいたので、これもうれしかったです。英語喉でスピーチ大会などで勝利をおさめてほしい。 DUESSで英語を300人のメンバーでやっていたけど、当時、口を大げさにうごかすとか、顎を動かすとか、強弱リズムで発音するとか、そういうことを言っていた人は、 皆無でした。誰もいませんでした。 もしかしたら、顎を動かすとかそういうネタは2000年代になって、浮上したことなのかもしれませんね。1980年、90年とたくさんの人が留学し、それでも英語が発音できない、聞き取りができない、、という状態になり、やけのやんぱちで、世紀末状態になってしまったのかもしれません。 喉だよ、喉! 同志社ESSのHPを見つけました。 http://www.geocities.co.jp/Berkeley/4678/

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