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英語喉はスピーチセラピーに使えるか?

お正月で、もちを喉につまらせるお年寄りが続出しているが、日ごろから喉発音をしていたら、あせらず対応できるのにと思う。お年寄りは、中途半端に喉がゆるんでくるから、喉にもちがつまったら、あせってしまい、息ができない。でも、本当は、息はできるのじゃないかな?もちが詰まっていても、そのまま、ゆるりと飲めば、胃のほうに行くのでは?ただ、喉発音の知識がないので、喉がブラックホール的に感じてしまい、気が動転して、どう対応してよいか分からなくなるのではないだろうか?

お医者さんに聞きたい。我々がもちがつまったと思うとき、それって本当に呼吸系の管につまっているの?実は、そのままあわてず飲んじゃえば、胃にいくのでは?

ってのは、英語喉が最初に発見されたとき、ジーナが、うがいで水を首の半分までいかせてみてと言ったので、おそるおそるやったらできた。で、それをそのまま飲めという。私は、え?肺に水が行くんじゃない?と思ったけど、思い切って、喉をゆるめたら、水がするっと胃のほうに逃げたんです。

うちの犬でも、ときどき、食べ物がつまるけど、全然、心配しない。ってのは、すぐに吐き出すから。犬って胃のものをすぐに吐き出せる。ネイティブもこれが結構簡単にできる。

英語喉が実は人命救助にも役立つかもということだけど、英語喉ってスピーチセラピーに役立つのだろうか?

というのは、昨日、同じフロアに住んでいる家族(アメリカ人)とエレベータで一緒になった。お父さん、お母さん、そして耳が聞こえない娘さん(中学生ぐらい)。で、英語喉のことを話してしまった。ときどき、日本人を教えているんだけど、それを見たら、娘さんにとって何か面白い発見があるかも、、、、と。

娘さんは、耳が聞こえないのです。だから英語の発音もセラピーを特殊な学校で受けているそうなのです。もちろんネイティブですよ。 

あることを私がふというと、お父さんの顔色が変わった、、、、。

日本人はLとRが発音できないんですけど、喉でやったらすぐにできるんですよ、、、

え~~~~~~。うちの娘もLとRの区別ができないんですよ!!!!!

と。

  • 日本人が教えられても、教えられてもできなかったLとR(英語喉以前)
  • 耳が聞こえない人が教えられても、教えられてもできないLとR

そして、、、

さあ、どう展開していくか、、、、。

(言語学者が)、子供の発音が治るのは11歳までといっているので、今年が勝負なのです、、、

というようなことを、そのお母さんが前に言っていたのです。

私は言いたい。日本人でも、それを信じているけど、私は2時間で、彼らの英語発音をネイティブにしているんです。すくなくとも、言語習得(特に発音)に臨界期があるという説は、完全なる間違いである。

てか、日本人以外のノンネイティブは、英語をぺらぺらと、それなりの発音で喋り、また聞き取りも普通にしている。なぜに、言語習得に限界があると言えるのだろう。

それはたぶん、自分が英語ができないからではないだろうか?

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まずはぽちっとお願いします。 先週は感謝際の週でした。木曜日が感謝祭の日でした。その日から4連休だったのです。週末は、バーゲンがあって、例えば金曜日はブラックフライデーとか行って、全米の店でバーゲンがあったんです。 昨日は、サイバーマンデーと言って、ネット上でバーゲンがあり、私も、剣道の防具の一部であるコテを25%びきでネット購入しました。ちょうど100ドルでした。 感謝際週末には、アメリカ人の義理の母、父、そして、義理の妹(+夫)が大集合したのです。 たまたま、この集団でアパートに帰って来ていたら、日本人の隣人にばったり出あい、「カズさん、(アメリカ人の親戚とご一緒で)気を使って大変でしょう?」みたいなことをおしゃったのですけど、アメリカ人だからかもしれないのですが、義理の父と母は、「お友達」感覚です。 ただし、DADとMOMと呼ぶのが非常に苦痛です。日本でも「お父さん」「お母さん」と言うから、同じなはずですけど、ちょっと違うのは、DADとMOMって、直訳的には「お父ちゃん」「お母ちゃん」と思ってしまうわけで(厳密には、そうではないのでしょう。人前でもDADとMOMというのは普通なので、お父ちゃんとか、お母ちゃんのニュアンスに似ているけど、ちょっと違う)、、、日本人的には義理の父と母を「お父ちゃん」「お母ちゃん」とは呼ばないので、その感覚が捨てきれないのでした。 そもそも、英語的には、まったく、普通の会話スタイルというのもあります。 剣道の道具、防具などをつけてデモンストレーションをしました。 90歳の義理のおばあさんにも、うちから電話したのですが、英語喉だからだと思いますけど、全く、コミュニケーションに問題がないです。60年以上前は、日本とアメリカは戦争をしていたにね。 私は、グランマと呼びました。なぜか、DADとかMOMよりも、テレがすくなかったです。日本語でも、知らないおじいさんやおばあさんを「ちゃん」づけすることは、ないこともないからかな。 ま、これは、日本語の感覚を英語に持ち込むために、照れてしまうという例ですね。 最近、さすがに、BROTHERとかSISTERと人に聞いて、「お兄さん?弟?」を知りたい気持ちがなくなりました。これは、感覚が英語的になったのでしょう。 日本的感覚だと知りたいですよね。 あと、アジア系のアメリカ人に合っても、何系?とか気にならない。人種より先に、男か女かという区別、感覚が先に来ます。あんまり人種のことが意識にありません。前はあった。 さて、アメリカサイドの家族と談笑していて分かるのは、感情をイントネーションとか音程で表しているのではなくて、喉の音色であらわしているということです。 喉の深いところで、多様な音色を発して感情豊かな発話をしている、、、 これは広島の田舎の人達の喋り方に似ていると思いました。 これは音声で説明しないと分かりづらいでしょうね。聞いてみてください。 [audio:http://nippondream.com/file/kaz_11_29_2011.mp3|titles=kaz_11_29_2011] 直りんはこちらをクリック。 それでは、人気投票よろしく! TWITTER,FACEBOOKをされているかたは、ぜひ以下のボタンを押して、情報拡散のほうをよろしく!

練習、暗記、準備の怖さ

我々はむやみにがんばりすぎていないだろうか。結局のところ、我々が(特に大人が)仕事や日常で使っているスキルというのは、仕事をしながら、経験のなかではぐくんだものが多い。   自動車の運転がまさにこの例だ。教習所で学んだことは1%ぐらいで、99%は体験でうまくなる。弁護士の仕事なども同じらしく、実践で学んでいく。   ところが、我々の学習文化には、あまりにも準備に熱を入れすぎているような気がしてならない。   英語学習がよい例だ。学習のための学習という感じで、実践の学習になっていない。   英語ができる立場から言わせてもらうと、やはり実践をこなさないと英語はうまくならない。とにかく会話を始めてほしい。   従来のやりかたは順番が逆なのだ。準備して準備して、結局、英語をマスターできずに人生を終えるという形である。   じゃなくて、会話を始めるのだ。そしてその会話で、あれ、あの単語、思い出せなかったなあ、こんな表現つかいたかったのになあ、、、とあとで後悔したものを、覚えていくのである。   従来のやりかたは逆になっている。単語、熟語を1000覚え、そして結局、その単語が使える瞬間を待っていたら30年ぐらいたっていた、、、と。   例えば、私は中学のときラジオ講座でLIVE UP TO ONE‘S EXPECTATIONという表現を暗記した。それから20年以上の時がながれたが、一度もその表現を使ったことがないのである。   「頻出単語」という考え方もあまりに甘すぎる。自分に必要な単語から覚えていけばよい。周りを見回して、チェックしてみよう。自分の持ち物の英語が全部言えるだろうか。通勤通学時に、その日起こったことを思い出してみよう。英語で言うとしたら、どんな動詞を使うだろうか。   自分を自分の先生とするのである。   喉や3ビートも自分のなかであみだしていこう。駅の名前など、ネイティブならどう発音するだろうか。あなたの会社の名前、ネイティブならどう発音するだろうか。喉はどうやったらうまくなるだろうか。究極的には自分の体であるから、自分でコントロールするのである。…

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