同僚のスピーチで思う大学制度について

(1)最近、日本の大学教育についての議論をよく目にする。アメリカの大学制度と日本の制度は言おうとしても、なにか、表現しにくいものがあると常日頃から思っていたのだけど、昨日はっとするようなことを聞いたので、紹介したい。 (2)スピーチクラブを、しばらくさぼっていたのだが、久しぶりに行ってみた。役を頼まれたので、行ったのだが、行って良かった。それはある新人が次のような自己紹介スピーチをして、その内容に深く考えさされたからだ。日本だったら彼女のような人はどうなったのだろうと、、深く考えてしまった。 (3)その若い彼女は、貧しい家で生まれたので、学校の成績は良かったけど、どうせ大学には行けない(金がないので)と、高校3年の最後の段階でも、大学への応募をしなかったそうだ。 (4)ところが、そのころに、州立大学のリクルーターが、彼女の高校にやってきて、成績が良いのに、どこにも大学応募をしていない彼女に目をとめたそうだ。そして、州立大学に応募書類を出しなさいと手助けしてくれたそうだ。それも高校3年が終わるぐらいの時期に。 (5)そして、奨学金もついて、大学に行けて、さらに、なんと修士号も取得、、、そして、今、ここにいます、、ということで、私たちのコンサルタント会社で働いているのでした。 (6)日本だったら、彼女はどうなっていたのだろうかと考えると、おそらくお金がないという時点で、学校の勉強をやめてしまうのではないでしょうかね??大学にどうせいけないのだから、勉強してもしょうがないと。 (7)どう思われますか?アメリカの公立大学は彼女のような人のためにあると思うんです。運営費が税金ですからね。日本だと逆で、エリート養成みたいになっていますが、こういう時代ですから、国立大学こそ、門下を多くの学生に開くべきじゃないかな~と思いました。 (8)勉強ってかならずしも、競争でしなくてもいいと思うんです。試験制度でやると、お互いの夢をつぶしあうって感じになると思う。大切なのは、学んだ知識を使って、それをHUMAN CAPITALとし、そして、経済活動に貢献し、個人および社会の生活の質を向上させることだと感じます。 (9)この彼女は、学校での勉強を地道にやっていて、そして成績がよかったけど、受験勉強などはしていない。それでも、州立大学からのリクルーターとの出会いで、知識と経験をつけてきているわけです。 (10)彼女のHUMAN CAPITALと、東京大学卒の同じ年齢の日本人のHUMAN CAPITALを比べると、どうなるのでしょうね。