黙々と勉強するイメージからの離脱を!

文法学派というのがある。慶応の大津先生のサイトなどでよく紹介されている先生達で、文法をきちっとやろうという考え方だ。 私などは、え?もうやっているんじゃないの?と思ってしまう。中学、高校、と文法はずっとやるからだ。あれはなんだったの?と思ってしまうだろう。 一体、どういう文法を指して、それの習得を日本人がしていないと言っているのかに興味がある。 IT構文とかですかね? 私の考えでは、日本人の先生達は、生徒というか、学ぶ側の者が机について、静かに学習しているというイメージが大好きだと思う。私だって、英語教師のときに、生徒が自分のために予習しているイメージを望んだから、授業にちょっと早くいったとき、生徒達が、今から始まる俺の授業の予習じゃなくて、他の先生の授業の予習をしているのを見たら、こら、おまえらなめとんのんかと思ったものだ。 日本人は、まじめに、きちんと、静かに(これ大切)、ちゃくちゃくと、勉強している、準備しているイメージが大好きではないか? 私はまだ米国の景気がよかった2000年ごろに、アメリカの会社では、遊びの要素をふんだんにとりいれているなどと聞いて、そんなことがうまく行くものかと真剣に思っていた。しかし、ぐーグルなどの成功しているとこでは、遊びの要素を生かして仕事をしているように思う。 私自身の会社でもアイスクリームソーシャル(アイスクリームを皆で食べる)だとか、今日ある。 思うに、文法、文法とおっしゃる人達は、机について、黙って、勉強している学習者の姿を見たいのではないだろうか? 私も受験生だったし、また英文科でも授業はまじめなほうだったので、もくもくと勉強するほうだっただろう。 しかし今思えば、あれは無駄だった。例えば社会学のBOURDIEUという人の本を黙々と読んでいたが、シカゴの大学院でプレゼンテーションとなったとき、前日にちょこっと読んだアメリカ人の理解度やプレゼンテーションのほうが、数年間、黙々と読んだ私のより、確実に良かった。 日本人の学習理論は一つ残らず、この「黙々と勉強する姿」につながる。 発音の次は語彙です。もくもくもく 語彙の次は文法です。もくもくもくもく いつまでたっても結果が出ない。 我々の学習文化はもくもくもくが多い。 文法、文法というが、実際、日本人が簡単な英語でも言えないのは、聞けないのは、文法の問題じゃないように思う。例えば、私の同僚がJETをやっていて、久しぶりに日本から生徒がやってきたとき、HOW HAVE YOU BEEN?と言ったら、「早すぎて分からない」と日本人が言ったというが、その場合、この表現の文法構造が分からんとかいう以前に、音が正確に聞こえていないということではないか? そもそも、中国語など、漢字が日本語を同じなら、文法を知らなくても理解できる。それほど文法とは、簡単なのじゃないかな? 例えば、中国語を知らない人だって、 我愛日本 の意味が分かるのではないだろうか?簡単な例をわざと出したと思われたら困るが、漢字の意味が分かれば、だいたい意味は分かる。今、ちょっと中国日本新聞というサイトをみたら以下の見出しがあった。 人口减少1.2万…

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