どのような勉強をしたか 今出川の思い出と行元さん

喉以前でもアメリカ英語なら100%聞き取れる状態まで行ったといったが、それは大学時代に留学をしていたことも理由だ。が、それ以上に、日本の大学(同志社)で毎日のように英語を喋っていたということがある。

不思議だ。学部で留学していたときは、授業は英語なので聞き取りということでは英語はいつもなのだが、あまり喋ったことがない。ところが同志社大学の今出川キャンパスにいると、毎日のように英語を喋る機会があった。留学生がたくさんいたのと、国際課ラウンジというのがあって、日本人学生と留学生がダベル、ツルム、、、という場があった。コーヒーが飲めたこともある。

だから不思議と学部留学中よりも、日本にいたほうが英語を何倍も多く喋った。色々と理由があるが、日本に来ている留学生が日本のことを学びにきているわけだから、話題が合いやすいということがある。

でももう一つ理由がある。留学生とつるんでいたのは80年代、90年代のハザマにあった私の大学時代、私とあと少数だけだったように思う。他の学生は恥ずかしがっていたのか、そういう機会を求めていなかった。私と私の友人たちは当たり前のように留学生と遊んでいた。

国際課の所長のTさんが、合宿だったかを企画してくれて、ますます国際交流に拍車がかかった。あとAKPというプログラムがあるのだが、アメリカからの留学生と同志社生を交流させようということで、がんがんと企画があった。

留学生といっても、当たり前だが、アメリカ人だけじゃなくて、台湾人とか韓国人とかと当たり前のように遊んでいた(そういえば、「一見さん」という小説を書いたスイスからの留学生もいた。すごいじゃん。映画化されたなんて、、、!小説のなかに、英文科の学生が出てくるのだが、それが誰や?というような話しになった。)

とにかく、ものすごい盛り上がっていたような気がする。

さて、そこに登場するのが、京都の行元さんだ。ちょっと行元さんの話をしたい。英語喉を一番読んでもらいたい人が行元さんだ。当時40(?)ぐらいのオジサンであったが、なぜか、同志社大学でINTERNATIONAL DISCUSSION GROUPという団体を仕切っていた。正確にいうと、私がGちゃんから引き継いだのだが、行元さんの登場でIDGは彼の指揮の元に結構発展をつげた。

確か週1か何かだったと思うが、行元さんがあらゆる国籍のゲストスピーカーを呼んでくるのである。一体どこからつれてくるんや、、、という感じだった。

行元さんは日本にいるだけで英語をマスターしたい、、、という夢を持っていた。だから英語喉をすぐにでも届けたいのである。

上川君、はよう日本に帰っておいで。IDGは続いているからね、、、と電話で喋ったことを覚えている。

 

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About 上川一秋

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2 Responses to どのような勉強をしたか 今出川の思い出と行元さん

  1. Jack says:

    LΙKE WHAT DADDY, TELL US, TELL US.? Both ƅos սmped up and dowɑn eager to know learn how to make God happy.

  2. Health Plan says:

    You need to comprehend music scales as a way to understand iits
    ascent. Mostly people don’t possess a particular design in thheir eyes plus they need to choose
    from the disposable pre made designs. However, following
    youyr release to DVD the Shawshank Redemption sold in huge quantitties rendering it
    a company favorite.

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